第9話 物騒同士は気が合うらしい  (本編第一章疫病 第23話 にダグラスは登場しています)

 妻と義理の娘達が営む食堂の所定の位置に、久しぶりにいつものハルバートが立てかけられていた。


「久しぶりだな」

ベンは、ハルバートの持ち主、常連の一人のダグラスに声をかけた。

「あぁ」

ダグラスの返事はそっけない。

「あら、おかえり。久しぶりだね。今回は随分と間が空いたじゃないか。元気だったかい」

妻が厨房から顔を出した。

「あぁ。ただいま」

自分の家ではないが、この食堂に来る客の大半は、まるで自分の家に帰ってきたかのように、ただいまという。

「今回は長かったな」

「まぁな」


 ダグラスがこの店で食事をするようになったのは、ロバートがこの町に来てからのことだ。


 疫病で町が閉鎖された頃、ダグラスも含め、多くの人足が仕事にあぶれた。若い人足達は、面倒見がよく人望があったダグラスの元に集まった。仕事がなくてはどうしようもない。ダグラスも途方に暮れたとき、王都からロバートがやって来た。ロバートは、王都から物資を各所に配り、物資を奪おうとする者達から物資を守るため、ダグラス達人足を雇った。


 賢いのに世間知らずで、荒事となると、丁寧な口調のまま手も足も出る物騒なロバートを、ダグラスは気に入り、勝手に弟分にしていた。


「あいつは、町の恩人だ。手を出すんじゃねぇ」

ダグラスが、あちこちでそう触れ回っていたことを、ベンは知っている。角材を担ぎ、振り回すダグラスに逆らう荒くれ者はいなかった。


 ロバートは、ダグラスを隊長に、町の警備隊を整備した。警備隊の仕事は町の警備だけではない。町の閉鎖が解かれた直後から、街道沿いの警備を担い、盗賊達を撃退し、町の交易を支えている。今では、商人の多いこの町の命綱だ。


 角材を振り回していたダグラスが、ハルバートを使うようになったのも、ロバートの影響だ。

「その長さで、重量のある木材を振り回せるのですから、長尺の得物を、使いこなせると思います」

ロバートは、王都から届けてもらったという木製の稽古用のハルバートを、戸惑うダグラスに押し付けた。

「私はこのような長尺の武器は、あまり得意とはしておりません。基礎はお教えします。それ以上のことは、これから騎士も増えますから、彼らに教わってください」

「お前は何でもできそうだがな」

ダグラスは、ハルバートの槍のような斧のような部分を撫で、満更でもなさそうだった。


「私は王太子殿下の警護が主な任務です。室内で戦うことが多いのです。ハルバートのような長尺の武器は、室内で暗殺者を仕留めるためのものではありませんから、困らない程度に使えるだけです」

ロバートには見えない位置で、騎士達が苦笑しながら、違うというように首を振っていた。


 騎士達が、あとでこっそり教えてくれた。

「ハルバートを得意としているものと比較すれば、彼の謙遜も当てはまらないこともないが」

「あの物腰に騙されがちだが、彼は物騒な男だ」

ベンもそれには大賛成だった。長い足の一蹴りで、相手を吹っ飛ばすのだ。味方だからいいが、絶対に敵には回したくない。


 ダグラスはロバートに基礎を教わり、必死に鍛錬した。常に振り回していた。何に必死になっているのかと、ベンも仲間達も不思議に思いながら見ていた。


 理由は、ロバートが王都に帰る日の朝にようやくわかった。

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