第7話 可哀想だが俺にはどうしようもねぇし (本編 第一章疫病 第53話 頃 )
臨時の処刑場になった町の広場には、町の連中が大勢集まっていた。
すでに、吊るし首になった町長と妻の遺体が、ぶら下がっている。町の自治に関わり、私腹を肥やしていた連中も、吊るし首になり、死体になって転がっている。
死体に石を投げつけている奴を見て、ベンは悲しい気持ちになった。法律で裁かれ、刑罰を受けたのだ。悪いことをしたのも事実だし、許せないが、石を投げるのは何かが違う。この胸のモヤモヤを、どう言ったらいいかわからくなり、ベンは隣に立つ若い男を見た。人形よりもお綺麗な顔の男は、処刑台で繰り広げられている騒ぎを静かに見ていた。
処刑台の手前にいる一人の女を守るようにたくさんの人が群がり、命乞いをしていた。
「お嬢様は、お金のことなどご存知ありません。どうか、お嬢様はお助けください」
「あの男の娘だってなら同罪だろうが」
命乞いをする連中を殴ろうとした男は、警備隊に羽交い締めにされた。
必死に命乞いをする連中に囲まれ、一人の女が震えていた。数日前まで、貴族のような贅沢な生活をしていた町長の娘マチルダだ。捕らえられ、牢屋に閉じ込められた数日は、さぞかし辛かったろう。町長達は、町の人間が治めた税金の一部を、懐に入れていた。その金で贅沢に育てられていた娘だ。若い娘が可哀相だが、どうしようもねぇ。
「まぁ、仕方ねぇよな」
「可哀相だが、親があれじゃなぁ」
「恨むなら親を恨め。親を」
あちこちから聞こえてくる声は、ベンと同じことを考えているらしい。ベンもそう思う。仕方ない。マチルダは、どういう金で自分が贅沢をしていたかなんて知らないだろうが、町長が懐にいれた金で育てられたのだ。
命乞いをする連中は必死に叫び続けていた。
「マチルダ様は父の薬代をくださったのです」
「子供が病気の時、お医者様を呼んで、お金も払ってくださったのです」
「年老いた母が、冬に寒くないようにと、服をくださったのです」
「旦那さまが罰をというときも、マチルダ様がかばってくださって」
広場の雰囲気の変化はベンにもわかった。
今まで縛り首になった連中のために、命乞いをしたやつなぞいなかった。命乞いをされるマチルダが、吊るし首にされ、死んだあとまで石を投げられる連中と同じでいいのか、ベンの胸のモヤモヤがどんどん大きくなってきた。
ベンは隣に立つロバートを見上げたが、ただ静かにマチルダと命乞いをする連中を見ているだけだった。
引き継ぎにきた三人の若い連中は、オロオロとロバートと、娘も殺せと叫ぶ町の人間と、娘を助けてくれと叫ぶ連中を見ていた。まぁ、仕方ねぇ。柔らかい物腰なのに、妙に肝が座っているロバートと、こいつらを比べるのは無理だ。
ロバートが一歩踏み出した。とたんに場が静まり返る。優雅な身のこなしで堂々と振る舞うロバートの威厳に、命乞いをする連中に殴りかかろうとしていた連中が、おずおずと引き下がった。
貴族だ騎士だと言ってもレオンじゃぁ、ロバートのこの威厳に太刀打ちできねぇだろう。ベンがちらりとレオンをみると、レオンも同じような事を考えているのか、神妙な顔でロバートを見ていた。
「お会いしたことがありますね」
「はぁ。いつ」
マチルダに向かって決めつけるように訪ねたロバートの言葉に、ベンは首をひねった。ベンは、ロバートを町の人間に紹介してやったが、いけ好かない町長にも、町長の家族にも会わせていない。そもそも、町長一家は、ベンがロバートに紹介してやれるような相手じゃない。
「孤児院でお会いしました。質素な服でいらっしゃった。孤児院で町の人達のために炊き出しをした時にも、手伝いの中におられましたね。名前を名乗られることはないが、常に寄付をくださっていると、司祭様と祭司様がおっしゃっておられました。子供達もあなたを慕っていました。違いますか」
ロバートの言葉に、マチルダが震えながらも頷いた。
周囲の空気が一瞬和んだ。
「孤児院に寄付だぁ?格好つけやがって」
「施しのつもりかよ」
和んだ雰囲気を、ぶち壊す声を上げた連中をみて、ベンは呆れた。
「お前らが言うことじゃねぇだろう」
孤児院の焼き討ちを計画していた連中だ。最も相手は、こっちが計画を把握していたことは知らないから、ベンの言いたいことはわかっていないだろう。
「なんだぁ、ジジイ」
「年寄りが生意気言うんじゃねぇよ」
いきり立つ連中にロバートが、視線を向けた。
背の高いロバートが睨むと、なかなかに怖い。ベンに文句をいっていた若造達は静かになった。
「寄付に何の問題があるのでしょうか。その施しで子供達は命をつなぎました。この方は人を助けたのです」
ロバートの声に、広場にざわめきが広がっていった。
「孤児院の子供を助けたならねぇ」
「だってほら、他の連中は命乞いなんてなかった」
「薬代払ってくれるなんて、主人よりも甲斐性あるじゃない」
マチルダに、同情的な声が広がっていく。
「あなたが人を助けていたのは事実です。ですが、あなたの御父様が罪を犯していたのも事実です」
ロバートの言葉に、マチルダが震えながら頷いた。
「お若いあなたでは、あなたのお父様を止めることなど出来なかったでしょう」
またマチルダが頷いた。マチルダは、ぽろぽろと涙がこぼして泣き始めた。
「貴方のお父様は、この町でお商売をしておられました。あなたには、お商売の経験はありますか」
「あります。マチルダ様は、私達を針子として雇ってくださいました。服と作る仕事をくださって、その御蔭で私と妹は、飢えることも路頭に迷うこともありませんでした」
泣いているマチルダよりも先に、命乞いをしていた一人の女が叫び、妹らしいもう一人が続く。
「では、一つ提案を」
ロバートがニッコリと微笑んだ。こいつは、この町にきて、どうやら自分の顔の使い方を覚えたらしい。ロバートに見惚れたマチルダに、ベンは、笑いたくなったのを堪えた。
「財産は没収です。これは変えられません。あなたはこの町のために役に立ってください。この町は、今後商売の立て直しが必要です。そのために、王都の商人である彼、カールがこの町に来ました。残念ながら、カールはこの町の商人ではありません。彼を手伝ってください。彼を手伝い、この町の商売の立て直しにために、働いてください」
「そんな、甘すぎる」
「そうでしょうか」
文句を言った誰かに、ロバートが目を向けた。
「親が罪人という事実は消えません。法を犯したため裁かれた。命で罪を贖いました。しかし、そう考える方々ばかりではないでしょう。このまま生きて償うほうが、苦労することも多いでしょう。死んで終わらせたら、それまでです。それ以上苦しむことはありません」
誰かが息を呑んだ。
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