第5話 その手紙、何かいいことが書いてあるのか

 ロバートが、静かに手紙を読んでいた。ロバートはいつも、一番上等な紙の手紙だけ、最後の一枚の最後の数行を最初に読む。 


 ベンは文字を読めないが、知っている。手紙は最初の一枚の、一番上から読むものだ。

「なぁ、ロバート」

「何でしょうか」

ロバートが、手紙から目を上げた。


「その手紙、誰からだ」

「王太子様からです」

「手紙ってのは、最後から読むものなのか、知らなかったな」

ベンの言葉に、ロバートは口を噤むと手紙に目を戻した。怒らせたかも知れない。ベンは、それ以上、からかうのをやめた。


 王都からは、沢山の手紙がくる。病院や教会への手紙も、全て一度ロバートが目を通す。イサカから、王都に送る手紙も全部だ。届いた物資も確認して、各所に振り分ける。

 

 王都からの物資が届く日、ロバートは忙しい。邪魔は辞めておこうと思う。今日のベンの仕事は、ロバートの確認がおわった手紙を、あちこちに届けることだ。勿論、締めくくりは、この仕事にとりつかれた男を、食事に連れて行くことだ。どんなに忙しくても、母ちゃんが飯を作って待っていると言うと、素直についてくる。


 ロバートが、手紙の隅を撫でた。手紙が無事届くのはいい。安心できる。


 以前、いつもどおりに王都からの荷が届かなかったことがあった。雨が降った後だった。道が悪くなっているから仕方ないと、ベンは言ったが、ロバートは落ち着かなさそうにしていた。


 ようやく荷が届いた時、ロバートは真っ先にあの、一番いい紙を使っている手紙を手に取り、最後の一枚を確認していた。安堵の表情で、手紙の隅を撫でるロバートに、ベンは悟った。


 恋文だ。


 絶対にあれは恋文だ。ベンは決めた。

「なぁ。ロバート。俺に文字を教えてくれねぇか」

あの恋文を読んでみたい。


 先日、ロバートは、子供たちに絵本を読んでやり、文字を教えるために、貸本屋の男を雇った。読み書きが出来る人が増えたら、貸本屋ももっと儲かるはずだと、商売人のようなことを言って、ロバートはあの無愛想に承知させた。


 文字を読める人を増やしたいとロバートは言った。


 だったら、ロバートは、ベンに文字を教えてくれないだろうか。そうしたら、あのロバートが、真っ先に読むあの恋文に、何と書いてあるかわかる。


「なぁ。いいだろう」

「私は構いませんが。いつにしましょうか。今日は難しいのです」

「あぁ、母ちゃんが、飯を温めている間でいい」

「わかりました」


 あの恋文を読んでみたい。ベンが文字を学びたいと思った理由は、秘密だ。

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