第4話 賢いけれど、ちょっとなぁ
屋根裏から出てきた子供たちを見て、ロバートは微笑んだ。孤児院のときもそうだ。この背の高い、お綺麗な顔の男は、子供が好きだ。
子供は、子供好きな大人を見つけるのが上手い。
「えほん、よんで」
お綺麗な顔に見惚れながら女の子が、ロバートに絵本を差し出した。絵本は、ロバートの腰の高さにまでしか届いていない。
「いいですよ。これから私は、ここにおられる方々とお話し合いの予定です。それが終わるまで待っていただけますか」
「うん」
お綺麗な顔の効果に、ロバート本人は気づいていないだろう。子どもたちは、男女問わず、お綺麗な顔に見惚れ、おとなしくなっていた。
そのロバートの目が鋭くなった。
「食料が足りていないようですね。旅人がいることを加味して、この町の人口が必要とする量以上に、運び入れているはずです。そもそも商人の方が多い町ですから、在庫もあるはずです」
「なぜ、食料が足りていないとわかる」
「子どもたちは全員、やせ気味のようですから」
「お前は随分、子供を見慣れているようだな」
「王太子宮にも子供は居ますし、孤児院の慰問に警護として付きそうこともあります」
ロバートは、足元によってきた子供を抱き上げた。手慣れた様子に、子供に慣れているという言葉が嘘ではないことがわかる。
「王都の届け出にあった町の人口を総計し、必要な食料の量は、軍の遠征の時を基準にしました。つまり、全員が成人男性と同じ量を食べると仮定して用意したのです。旅人がいるであろうことも考慮し、人口は切り上げて計算しています。残念ながら疫病で亡くなった方もおられますから、届け出よりも町の人口が減っている可能性もあります。そのようななかで、食料が不足するということは、軍の遠征のときの基準が間違っているか、人口に関して過小に申告されていたということが、推定されます」
お綺麗な顔のロバートが、大真面目な顔で、小難しい事を言うと、なかなかの迫力がある。子供を抱き上げているおかげで、その迫力が軽減されて丁度いいのに、ロバートは子供をおろしてしまった。もったいないとベンはおもった。
ロバートは子供をおろしたその手で、すぐに次の子供を抱き上げた。子供相手に律儀な男だ。
「各地区の代表者であるあなた方に集まっていただいた理由の一つがそれです。過去に報告した人口が何人だったか、記録を見せていただきたいのです。あとは、直近の人口を教えて、あー、痛いですから、髪の毛を引っ張らないでください」
「んぁ」
ご機嫌な子供を相手に、ロバートが苦笑していた。
「一度こちらで預かろうか」
騎士の一人がロバートの腕から子供を受け取った。ロバートは、子供の手を丁寧に開かせ、己の髪の毛を救出した。
「最新の人口がわかればそれに合わせて食料を搬入できます。そういうわけで、まずは一つ、それをお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」
ロバートの足元では、また別の子供が手を上げて、抱き上げてくれとせがんでいる。ロバートはまた、子供を抱き上げた。
「町の産業の再開も必要です。何もかも、援助のために持ち込むことは不可能です。この町にも職人の方々はおられます。必要な材料などを、教えていただけますか。物資の検討に加えさせていただきます」
「するってぇと何かい、板がほしいといえば、くるのか」
「実際に、板を運び込みました。棺桶の材料になったはずです。大工は仕事を得たはずです。墓掘りで収入を得た方もおられたはずです。釘は町の鍛冶屋に発注しました。それを他の仕事にも広げたいのです」
「俺は大工だが、あの板は、それじゃあ」
「アレキサンダー様に、棺桶でなく、板を町に届けろと言った者がいるのです。板があれば大工の仕事になり、懐が潤えば、家族を養うことが出来ると言ったそうです。その進言を耳にされたアレキサンダー様は、板を届けてくださいました」
「アレキサンダー様が、王太子様が、俺たち大工のために」
大工は感動したように叫んだ。
ベンは胸をなでおろした。ロバートは少々変なやつだが、優秀で誠実だ。イサカの町のために、住む人々のためにと、考えてくれている。それをわかってもらえれば、大丈夫だろう。
ベンは、最初に蹴り飛ばされ、床にへたり込んでいる男の傍らに膝をついた。
「大丈夫か」
「あぁ、まぁ」
いきなり飛びかかった手前、素直になれないのだろう。ベンは、大切なことを教えてやることにした。
「お前はよかったな。加減してもらえて。あいつは、そもそも最初の一撃で、相手を骨折させて、動けなくするという訓練を受けているってさ。無事ですんで何よりだ」
座ったまま腰を抜かすという器用なことを成し遂げた男に、ベンは冷たい眼差しをむけた。
「頭を冷やせ。あいつが来てから、食料は随分改善したじゃねぇか。あいつが王太子様に、食料を送ってくださるようにとお願いする手紙を書くから、食料が届く。忘れるな。仕事を手に入れた奴もいる。あいつは王太子様の腹心だ。番頭みたいなもんだ。王太子様は、腹心からの手紙が届かなくなったら、どうされるだろうな。お前は、町の恩人に、要らぬちょっかいを出した。せいぜい反省しろ」
ベンは、腰を抜かしたままうなずく男が、心底反省した様子に、満足した。
「この絵本はどなたのものでしょうか。それなりに高価なはずですが」
「あぁ、貸本屋のものだ」
「貸本屋とは、何でしょうか」
ロバートの言葉に町の連中が驚いている様は面白い。ロバートは賢い分、知らないことは、とことん知らない。もうそれに驚かない自分に、ベンは苦笑した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます