第3話 とんでもない奴だからお前なんかが手を出すなと言っておいたろうが

「てめえ」

掴みかかってきたはずの男は、軽々とふっとばされて、いや、蹴り飛ばされていた。


 次々と鞘走る音が響き、男達の手は抜身の剣を手にしていた。

「落ち着け、話し合いだ、話し合い」

ベンは慌てて、睨みあう両者の間に割り込んだ。


 ロバートと、王都から来た四人の男達の早朝の鍛錬を、ベンは何度も見ている。敵に回して良いような連中ではない。

「先に、掴みかかってこられたのは、あちらの方です。私は身を守っただけです。何か問題は有るでしょうか」

ロバートの言葉は穏やかだが、お綺麗な顔から表情が消えていた。人形のようで怖い。


「一応は、素人の方でいらっしゃるようですから、手加減はいたしましたが」

ロバートが、人形のような美しい顔の眉間を寄せた。

「今は蹴りましたから、足加減というべきでしょうか」


「そんなことはどうでもいい」

どうでもいいことを考える、賢いのか、馬鹿なのか、よくわからないロバートに、ベンは呆れるしかなかった。


「素人って」

ベンが背後にかばう連中から声が聞こえた。

「私は普段、高貴な立場のお方の警護をしております。不用意に近づく不審者の多くが、人の殺害を生業とします」

「はぁ。てえと、何かい」

「アレキサンダー王太子様の命を狙うものから、アレキサンダー王太子様をお守りするのも私の役目です。先程のような場合、確実に排除せねばなりません」


「物騒だな」

「だから、物騒な男だから、きちんと話し合え、手を出すなと言っただろう。俺は。余計な手出しをしたら、危ねぇと言ったのに、お前は馬鹿か」

倒れて動けない男にベンは怒鳴った。腰でも抜かしているのだろう。情けない。根性がないくせに、鍛錬を積んでいる相手に、掴みかかろうなど無鉄砲にも程がある。馬鹿だ。いや、馬のほうが賢いだろう。馬たちは、ロバートの命令には、絶対に逆らわない。ベンは御者だ。馬の世話もベンがしている。それなのに、馬はロバートの命令を聞く。


「物騒なのは、私ではなく、アレキサンダー様を害そうとする方々です」

「あーわかった、わかった」

抗議するロバートに、ベンはひらひらと手を降った。この場ではどうでもいいことだ。

「まずは、剣をしまってくれ。あの馬鹿については、俺が叱っておくし、後で俺からあいつの親父さんにもきちんと言っておく。俺たちは話し合いのために集まったはずだろう。物騒な剣はしまってくれ」


 ベンの言葉にも関わらず、ロバートは剣を手にしたままだった。

「一つお伺いしますが、この場にいるのは、話し合いに来られた方だけですね」

「勿論だ」


 皆返事をしているが、ベンの背後に隠れたままで、情けないと言えば情けない。

「では、他は、話し合いに来た方ではないということですね」

ベンは、ロバートの言葉の意味がわからなかった。


 次の瞬間、ロバートは、机に飛び乗り、剣を上に向け、さらに跳躍しようとした。ベンは、慌ててロバートの足に抱きついた。

「やめろ、違う、屋根裏は子供だ」

「屋根裏に子供ですか。間者ではなく」

「わけがわからんことを言うな。剣をしまえ、剣を」

ベンは叫んだ。


「ロバート殿、とりあえずここはベン殿の言葉通り、剣を収めよう。見れば彼らは、何も得物を持っていないようだ」

騎士の一人がそう言うと、四人全員が、剣を鞘に収めた。それを見たロバートが、ようやく剣を鞘に収めた。


 もっとも、ロバートも騎士達も、素手でも十分に恐ろしいのだが。ベンは、今それを口にすべきではないと思う。


「屋根裏まで警戒するのか。お前は。疲れないか」

ベンの言葉に、ロバートは顔色一つ変えない。

「実際に襲われたことがありますから」

「あぁ、そうか、お前はそういうやつだ」

ベンは、殺伐とした日々が日常だというロバートに同情をしてやりたいが、今日は同情できない。


「屋根裏の子供達が気になるならば、こちらにこさせようか」

先日、ベンの家に夕食を食べに来た男が、ベンにとって助け舟となった。

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