第2話 町の者ではないお前だから出来るのだろうな
町の食料だってまだ、十分に有るわけではない。
「俺は反対だ」
「そうでしょうね」
ベンの反対を、軽く聞き流したロバートに、腹がたった。
「今の状況だ。ティタイトは船を追い返しただけじゃない、沈めたんだ」
「沈められた船に乗っていた者の大半が、ティタイトに由来する方々だとおっしゃったのはあなたです。この町に住む、ティタイトに縁の有る方を、ティタイトは見捨てました。ライティーザは見捨てない。それだけのことです」
「町の者じゃねぇお前が、そう簡単に言うな」
「町の住民ではありませんから、簡単に言うのです。先祖がティタイトの民であっても、今ライティーザに住まい、ライティーザの法の支配下で生きている方々は、ライティーザの民です」
「それは理想だ」
「法律です。私の主であるアレキサンダー王太子様も、そのようにお考えです」
ベンは、口ではロバートに勝てない。ロバートにとって、主であるアレキサンダー王太子様が絶対だ。ベンが勝てないことが、二つ揃ってしまった。
これ以上、何を言っても無駄だ。ベンも馬鹿ではない。学んだ。
ということで、今日、この食料を持っていく先は決まった。このお綺麗な顔で賢いのに頭がどうやら今ひとつな男は、何故、面倒事に関わりたがるのだろう。
今日の行き先は、イサカの町でも大河に近い、ティタイト出身の民が多く住む地区だ。ベンは御者だ。道をよく知っている。それでも、この疫病が流行るまで、二つの地区の境を意識したことなどなかった。
イサカの町は変わってしまったのだ。町の者たちは、普段から商売仲間だった対岸のティタイトの援助を求めた。だが、ティタイトは一切の船を受け入れず、あげくにイサカの町からティタイトへ渡ろうとした、ティタイトに由来する者たちが乗った船を沈めたのだ。船には、ティタイトの知人を頼ろうとしたライティーザの民も居た。
その日をきっかけに、イサカの町に住むライティーザの民の間で、ティタイトへの憎悪がわきおこり、それはティタイトに由来があるイサカの町の民に向けられた。商店の焼き討ちなどもあったらしい。
昨日までは友人であったはずなのに。ベンは戻ってくるなり、妻にその話を聞かされた。生まれ育った愛する町が、互いにいがみ合う地に変わったなど、信じたくはなかった。自らの目で見た焼き討ちにあった商店に、ベンは現実を見せつけられた。
「お前なぁ、いがみ合いをしているところに、何でわざわざ乗り込もうとする」
「空腹は人を苛立たせるものです」
「まぁ、そうだな」
確かに、腹がいっぱいのときに、誰かに腹を立てたりするのは難しい。どうせなら、にらみ合いをしているど真ん中で、炊き出しでもしたら面白そうだ。ベンは先日の孤児院での炊き出しを思い出した。
働き手でもない子供に食わせるやつがあるかと、孤児院に怒鳴り込んだ男達がいた。機転が利く子供が、ロバートの馬車が来たと叫んだことで、男達は逃げていったと、司祭と祭祀に聞かされた。
「他人の食料を奪おうとする者たちよりも、子供たちのほうが、よい働き手だと知らしめてやりましょうか」
ロバートはそう言うと、炊き出しを提案したのだ。騎士達も乗り気で手伝ってくれた。
孤児院ばかり優遇していると騒いでいた連中も、孤児たちと、孤児を世話をする女達から炊き出しを受け取り、おとなしくなっていた。炊き出しを手伝う者まで現れた。
働き手にもならない子供など要らない、食い扶持を減らすべきだと、孤児院の焼き討ちを計画していた連中まで、図々しく炊き出しに並んでいた。奴らは、計画を中止したおかげで、自分たちの首が繋がったことに気づいていないだろう。
店の親父の無駄話から、焼き討ちの話を嗅ぎつけたのはロバートだった。計画を頓挫させるには首謀者の首を取ればいいだけだという物騒なロバートを、引き止めたベンに感謝して欲しいくらいだ。だが、ベンも、ああいう考え無しの物騒な連中とは関わり合いたくないし、感謝などされたくはないから黙っている。
「どの道を使うかだな」
目立たずに、炊き出しができそうな広場へ行きたい。だが、食料を運ぶ荷馬車は幅が広い。通る事ができる道は限られる。
「出来れば、真正面から堂々と乗り込みたいのですが」
「なんでまたお前、面倒なことを」
ロバートの言う通りであれば、何も考えずに大通りを行けばいいが、それは目立ちすぎる。
「ライティーザ王国が、すべてのイサカの民を見捨てないということを示すためです」
目立ちたくないベンと違い、ロバートは食料を届けるということを、町の連中に知らしめたいらしい。
町の連中が、自分たちの分を渡すのかと、嫉妬するということを思いつかないらしい。この頭の良い男は、残念だ。
「アレキサンダー王太子様のためってか」
「はい。アルフレッド国王陛下、アレキサンダー王太子様のためです」
ベンは、頭をかいた。
「近くの顔役達に、食料を届けてからだ。奴らの顔を立てておけばいいだろう」
明日には食料が届くはずだから、なんとかなるだろう。
「あと、川の民にも食料を届けたいのですが」
突拍子もない事を言うロバートに、ベンはもう、驚く元気もなかった。
「なんでだ。やつらは、ライティーザともティタイトとも違うぞ」
「交易が途絶えています。今の彼らには、収入がありません。川の民に途絶えてもらっては、ライティーザの損益です。いずれティタイトとの交易が再開されるとき、川の民が不在では、あの大河を安全に渡ることなど出来ません」
ベンはロバートの顔をじっと見た。
「つまりあれか。今、恩を売っておけば」
「それ以上は、おっしゃらないでください」
ロバートが苦笑した。
ロバートは、お綺麗な顔をした上品な男だ。賢いが、時に間抜けなくせに、時々腹黒い。イサカは商人の町だ。腹に一物抱えた連中など珍しくないが、ロバートはいったい何をどれだけ抱えているのか、ベンにはさっぱりわからない。
「まぁ、ティタイト出身の奴らにも、川の民にも、俺は知り合いがいる。ちょっと心配だ。お前と一緒なら、まぁ、行ってもいいか」
「どうぞ。私を用心棒代わりになさってくださって結構です」
「お前のせいで、危ない橋を渡るからな。せいぜい俺を守ってくれ」
「無論です」
ロバートが即答し、ベンは逆に怖くなった。
「程々にしてくれ。みんな同じ町の連中だ。知り合いも多い」
ロバートが押し黙った。
ロバートと、騎士達の手合わせを、ベンは何度も見ている。
「お前、殺すなよ、大怪我とかさせないでくれよ。もともとは、いがみ合いなんかなかったんだ」
「仕留めるほうが、手間がかからないのですが」
「仕留めるな!ちょっと追っ払ってくれたら良いんだ」
案の定のロバートの物騒な返事に、ベンは叫んだ。
「冗談です」
ロバートの言葉に、ベンは唖然とした。
「お前が、冗談を言うのか」
ベンの言葉に、ロバートは苦笑した。
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