それって本当にハッピーエンドなのかよ

 ◆




「だ、だいぶ誤解されてるぅう〜〜〜!?」


 バスケ部が満足そうに退室したあと、つむぎがあたふたと騒ぎ立てた。


 それは全員の心の代弁。いまいちスッキリしない後味の悪さは、一瞬だけ流行ったフリスクドリンクのよう。


 だが絹はといえば落ち着き払い、冷笑を浮かべている。


呵呵かか、誤解させておけばいい黒の妹。あれだけカマシ入れとけば、もう来ないだろう」


「でもそれ、バチバチに印象が悪いじゃないですか! こんなの健全じゃないですよ!?」


 莉子もたまらず意見を挟む。


 兄の好感度を上げるために所属した団体だ、クリーンじゃないと困る。


「悪いねェ、ツインテールの妹。うちは代々こういうやり方でやってんだよ」


 そんな抗議も、絹はバサリと切り捨てた。


 それが自分の正義なのだとばかりに、声音には一点の曇りもない。


 確かに暴力を振るったわけではないが、やり方が悪すぎる。莉子は黙ったが、顔をガッツリとしかめていた。


「ゲームする雰囲気でもねえし、あたしは少し外の空気を吸って来るよ」


「組長、俺もやっぱりよくないと思う」


 ひとりで部屋を出ようとした絹は、声に足を止めた。


 今まで生徒会に全く興味を示さなかった人間が意見してきたのが意外で、彼女は思わず苦笑する。


「りの字、ひとつ助言しよう」


 絹は振り返らずに言葉を続ける。


「世の中、善良だけでは秩序が崩壊するんだ。呵呵かか、おかしな話をしていると思うかい? なら質問をしよう。大勢をまとめるには、どうすればいい?」


「それは……指導者が、全体の舵を取るんだろ」


「それも一理だな。だが、もっと効率のいい方法がある」


「……ひとり、憎まれ役になることですね」


 短く莉子が吐き捨てた。彼女は昔の自分を思い出して、ぎりっと奥歯を噛み締める。


「ツインテールの妹の言う通り、共通の敵がいればいい。利害が一致すれば、噛み合わなかったヤツらも自ら手を結びはじめるんだ。ハッピーエンドのために悪が必要なら、その役割を担う人間も必要だと思わないか?」


 その問いかけに答える者はない。今度こそ絹は生徒会室を出て行った。


「……」


 李津は唖然としていた。


 自分が海外で受けていた理不尽を、絹が進んで受けているのが信じられなかった。


 どうして全ての悪意を、彼女だけが引き受けなければならないのか。


 彼女が朝、誰よりも早く来て、ひと仕事してからゲームに混じっていることも知っている。


 それは誰よりも学校を思っての行動だということも。


 生徒会長という重圧を背負い肩肘を張る日々の中、ゲーム中にだけ見せる絹の無邪気な表情に、やっと彼女という人間が少し見えたと思ったのに。


「それって本当に、ハッピーエンドなのかよ」


 誰かの犠牲の上に立つ幸せは正しいと言えるのか。


 李津の胸中に、釈然としない思いが膨らむのだった。

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