姉貴分っつうのも、俺のが年上だし

『アルー』


『なにかなりっつん』


『さっき言ってたメリーバッドエンドってどういう意味?』


『んーと、“胸クソな終わり方でも、本人にとって幸せであればいいよね☆”っていう、バッドエンドだけどある意味ハッピーエンドって感じかな?』


『え……胸クソは嫌だな、俺』


『違う違う! 本人たちはそれが幸せだから、エモいんだよ〜!』


『うん?? エモ???』




 数日前の、倉庫でのアルとの会話を李津は思い出していた。


 李津も、莉子もつむぎも、集団の中で敵役を引き受けたことがある人間だ。


 それがどれだけ苦しいことかを知っている。


 それがどれだけつまらないことなのかも。


 だから理屈はわかっても、自らその役を引き受ける絹にいい気持ちはしない。


「おいこら、りーつぅー。おまえなにサボってんだよォー」


「あ、躑躅つつじ


 トイレに立ったあと、非常階段でぼんやりしていたところを躑躅に捕まった。李津は少しだけ振り向いたが、すぐに視線を前へ戻した。


「会長のことは気にすんな!」


「おまえは少しは気にしろ」


「俺は気にするぞ? でも李津おまえはそんなこと考えねーでいいんだよ」


 ぽんぽんと李津の肩を叩くと、躑躅も階段の手すりから身を乗り出した。階段の下は職員の駐車場で、隠れてタバコを吸っている教員が見える。


「俺はあの人に、借りがあるからなー」


「借り?」


「情けねーけどよ。俺、タメのヤツらにいいように使われてたことがあってよォ」


「あー俺、過去編みたいなの苦手だから、簡潔に説明してもらっても?」


「…………」


 興が削がれて躑躅は黙った。


 が、李津に悪気はまったくない。それをよく理解する躑躅は、諦めて続けた。


「なんやかんやあって、俺の面倒は自分が見るから手を引いてくれって、会長が頭下げてくれたんだ」


「それって兄弟盃ってやつか?」


「ほかにも、俺のために生徒や教師と戦ってくれたりもしてよォ。俺みたいなチンピラをなんとかする権力を持つために、生徒会に入ったらしいぜあの人。かっけーよな」


「なんでそこまで、おまえに肩入れしてんの」


「さあな。だけど、あの人は損得で動かねえ人だ。姉貴分っつうか俺のが年上だし、あの人の右腕として側にいるつもりだけどよぉ」


 だから、躑躅は絹のフォローは自分がすべきだと考えていた。


『自分をもっと大事にしろ、にのまえ


 タメのグループから躑躅を連れ出したときの絹の言葉は、彼にまっすぐ刺さった。


 ――刺さりすぎて、クラスで傍若無人な行動をしていたのだが、それも過去の話である。


「あの頃は後輩だったけど、いつの間にか先輩になっちまったなぁ」


「おまえがダブるからだろ」


「文化祭が終われば、生徒会長の任期も終わりだ。お勤めが満了するよう、俺が守るぜ」


「そうか」


「ああ、だからまかせとけ」


 二人でまだタバコを吸っている教師を見下ろしながら、しばらく無言だった。


 絹のやり方に納得はいかないけれど、自分より遥かに近しい関係である躑躅がまかせろと言うのだ。だったら、李津が口を出すのは筋違いというもの。


(――まあいいか。俺には関係ないことだ)


 少し胸にしこりは残るけれど、彼だって目に入るものすべてを守れるほど器用ではない。



 それからしばらくして生徒会室に戻ると、サボっていた彼らに送られる視線はとても痛く、また新たなストレスが生まれるのだった。



 

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