本気で、彼女になりたいんだ
それから文化祭準備は大きな問題もなく進んでいた。
ただ、生徒会へのヘイトが溜まっているのは、日々届く匿名の中傷メールより明らかである。
それと同時進行で、有宮家の妹たちの不満も溜まりに溜まっていた。
理由はアルだ。
李津とアルが引きこもってゲームに興じていたため、夏休みも後半だが家族での思い出は0。
外出はお金もかかることだし、最悪、仕方ないとして――。
「りっつん、あーん♡」
これだ。
「いやいや、なんだよ」
「これ美味しいよー、ほらほら」
「自分で食べるからっ!」
「むー、ぼくのメシは食えないってぇ?」
「そ、そういうんじゃ、なくてだな」
チラリと李津はテーブルの向かいを確認する。
無表情の妹たちが並んでジト見していた。
李津の口元がひきつる。
最近、妹たちの機嫌が悪いことはなんとなく気づいていた。刺激しないようにとは思っているが、何が不満なのかわからない。
「ぼく末っ子だから、年下の子のお世話してみたかったんだ……」
しょんぼりとアホ毛とともにアルはうなだれる。
今度は隣に慌てる李津だ。
あたふたしたあと、アルの持っている箸にかぶりついた。
「! えへへ。やっさしー!」
「もぐもぐもぐもぐ……」
ひとまず片方の機嫌をどうにか取り、ホッとする李津だが、フォローの順番を間違えていた。
長らく不穏な空気だった有宮家。
夏休みをあと10日残した昼下がりの本日。
ついに――。
「うえーん! わたしが作ったごはんでぇ、いちゃいちゃするとかぁ〜〜」
つむぎのメンタルが決壊した。
「ええっ、ごめんねつむぎたん!? そんなつもりじゃなかったんだけど!!」
青ざめたアルは、箸を置いてハンズアップした。
「してないから! 今のはアルの悪ふざけで……」
思わず否定する李津。これが火に油を注ぐ結果に。
「集団生活でひとりだけ好き勝手してたらぁ〜、秩序が乱れてぇ〜、それでぇ〜」
つむぎ、泣いてはいるが珍しく本気でキレている。
「それにぃ〜、わ、わたしたちの夏は今年だけなのにぃ〜!!」
その言葉に、莉子が箸を置いた。
「むぎ、落ち着いてください。兄、むぎを部屋に連れて行ってもらえますか?」
「あ、うん。つむぎ、上で話聞くから」
莉子に促され、李津はつむぎの肩を支えて2階へ上がった。
ダイニングに残ったのは莉子とアルだ。
大きくため息をつく莉子。普段なら莉子が真っ先にキレそうなシーンだが、先につむぎが爆発して、妙に落ち着いてしまっていた。
数分前とはうって変わって静かな食卓に気まずさを覚え、アルはそろりと席を立ちあがろうとした。
「ちょっと待ってください、アルさん」
「んぐっ!」
落ち着いているとはいえ、莉子がこのまま黙っているはずもない。
強い口調で、絶対に逃さないとばかりに呼び止めた。腹に溜めていることはたくさんある。
「どういうつもりですか」
「どういうって……。なにがかなぁ」
「兄に必要以上に構うの、やめてほしいんですけど」
あえて言葉を選ばず、莉子はアルへと気持ちを叩きつけた。
小姑の小言に嫌な顔ひとつくらいしそうだが、アルは意外と
「んー。りこぴんとつむぎたんって、もしかしてぼくのこと嫌い?」
「そ、そういうことを言ってるんじゃないです!!」
直球を投げ返されて慌てる莉子と対照的に、アルには余裕すらうかがえる。
「りこぴんだから言うんだけど、ぼくりっつんのことが好きなんだ。だから好きがあふれちゃったみたい、ごめんね〜」
バッティングセンターのごとく、次々と投げられる直球。気圧されかけた莉子だったが、思い切ってバットを振った。
「そ、そんなのあたしだって!」
「んーでも、ぼくは
「それ、はっ」
言葉に詰まり、莉子の額に汗がにじんだ。視線が左右にうつろい、それでも負けじと口をひらく。
「で、でもあたしだって、兄のこと大好きですもん!」
胸がじんじんとうずき、声が震えた。
「あはは、今まで離れてた分、おにーちゃんにべったりしたいんだ☆ りっつんいいヤツだもんね〜」
莉子にとっては決死の抵抗ですら軽く笑い、アルは無自覚に追い討ちをかける。
「でもぼくは本気で、彼女になりたいんだ」
「っ!!」
サッと青ざめる莉子を、アルは好意的に見据えた。
妹っちたちは、おにーちゃんが取られるのがさみしいのかなー、と。
「ずっと一方的に好きだったけど、今は手が届く距離にいるんだ。もう手段を選ばないつもりだよ。だからこれからもよろしくね、妹っち♡」
アルはにっこりと微笑むと、今度こそ立ち上がった。
そして立ち去る彼女を引き止める声は、もうない。
(兄に彼女って……。そんな……)
残された莉子はあまり手がつけられてない料理を見つめながら、ぐちゃぐちゃな心の中にしばらく戸惑っていた。
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