りっつんがよかったんだ



 午前に箱の仕分けを終えた二人は、午後は手元の資料を照らし合わせながら備品の数を数える作業に移った。


 その頃になると、雑談する余裕も生まれていた。


「でもすごい偶然だな。アルがうちの学校に来るなんてさ」


「えへへ、びっくりした?」


「そりゃね。しかも俺、ずっとアルのこと、中学生くらいの男子だと思ってたし」


「あっはは。それもいつか驚かせようと思ってたんだ〜。ねえねえ、実際に会ってどーだった?」


「どうって……」


 李津は手を止めて、アルの方へと顔を向けた。


 50センチほどの距離でしゃがみ込んだゲーム好きな巨乳のお姉さんは、李津の視線に気づき「ん?」と首をかしげる。

 

 肩までのおさげを垂らした眼鏡っ子。謎に頭のてっぺんから飛び出すアホ毛。


 控えめに言って、ドタイプすぎる。


 見た目だけでなく性格も合う。


 そんな“理想の子”が突然現れて、しばらくひとつ屋根の下で暮らすなんていまだに信じられない話だ。


「あれれ、いまいちだったー?」


「違う違う! だってほら、想像もしていなかったかわいい子が現れたんだから、そりゃ言葉に詰まるだろ!」


「あは。りっつんてさ、ゲーム中もだけど、いつもちゃーんと褒めてくれるよね? そういうとこも好きだなぁ」


 さらに好意をまっすぐにぶつけてくる女の子なんて、完璧すぎて逆に尻込みしてしまうというもの。


(いやいやいや、真に受けるな。これはからかっているだけだ。アルはイタズラ好きだからな!)


 言い寄られて嘘告だった率10割を誇る李津は、きちんと学習をしていた。つむぎとは違うのだ。


 ひとつ咳払いして、気持ちをリセットさせる。


「でも俺なんか全然イケメンじゃないし、根暗で友だちも少ない。さぞガッカリしただろ?」


「友だち? いるじゃん、今日だって集まってゲームしたし」


「あー、躑躅つつじはな。でも組長は、生徒会に入る代わりに一緒にゲームする約束をしたビジネスパートナーみたいなもんだし、あと二人は妹」


「あそっか」


「言っててむなしくなってきた」


「まーまー、ぼくだって友だちあんまいないよ? この通り、だいぶ身勝手なやつだからねぇ」


 アルはおどけるように肩をすくめる。


「でも、こんなぼくだからこそ、りっつんが良かったんだ」


 アルの言葉の意味がわからず、李津は手を止めて続きを促した。


「ほら、ぼっち同士ならわかりあえるでしょ? 友だちが多いとすごいみたいな風潮あるけど、ぼくらみたいなタイプは無理に増やさなくてもいい。そんなの、器用な人がやればいいんだ」


「器用な、ねえ」


 李津の頭に莉子の顔が浮かぶ。


 友人の多い彼女は信じられないくらいに器用だ。他人の気持ちを深く考えない妹だが、それでもコミュ力一本で友だちに囲まれている。


「俺には到底無理な話だな」


 まあ、求めてないけれど。


「ぼくたちは、ぼくたちらしくいようよ。ね、りっつん。ぼく、メリーバッドエンド肯定派なんだよね。幸福の価値観は所詮、本人の主観だろう?」


 同じような価値観の、見た目どタイプの女の子が、真剣な瞳を李津に向ける。


 いつの間にか距離が近い少女にどきりと胸を高鳴らせる――横を、テケテケと黒い塊が通るのが、李津の視界の端に映った。


「アル、気をつけて」


「ん?」


「そこにネズミが」


「ひぎいいいいっ!!?」


 アルの悲鳴に慌てて李津が彼女の腕を引けば、その足元で塊がぴょんと跳ねた。小さな耳を立てて振り返ったネズミと視線がぶつかる。


「いやあああああ!!!」


「なっ!!? お、落ちつけっ!」


 アルは叫ぶとそのまま李津に抱きついた。


 大声に驚いたネズミは、ものすごい勢いで棚の下へと潜り込む。


 あっちも驚かせてかわいそうだったな……と思いながら、李津は少女の肩をポンポンと叩く。


「アル? もう行ったよ」


「ほんとぉ? ねえもう、チュー助いない?」


「う、うん。出てったから」


 泣きべそをかいて子どものように見上げる少女に、李津はどきりとする。


 あれで本気で怖かったらしい。李津のシャツには涙の跡がべっちょりとついていた。


 本当はまだその辺の棚の下にいるのだが。咄嗟の嘘は、ひとまずアルを落ち着かせるのが先だという判断だった。


「大丈夫か? アルってこういうの平気かと思ってたけど、ちゃんと女の子なんだな」


「ドラえもん氏にいちばん共感できる人間だと思うよぉ、ぼく」


「アホなのはアホだった」


 しかしネズミはいなくなったというのに、アルは李津から離れようとしない。


 どうしたのかと李津が動揺していると、胸元にこてんと頭が置かれた。


「えっとぉ、あのね。恥ずかしくて流しちゃったけど、さっきの話……」


 胸に寄りかかったアルの表情は見えない。


 その代わり、触れたところからじんわりと温かさが伝わってくる。


「ぼく、りっつんの中身が大好きだから、正直見た目とかどうでもよかったんだけど。会ったらすっごくカッコよくて、ドキドキしちゃった」


「っ!!」


 今度は李津が熱くなる番だった。


「じゃあ……続き、する?」


「つ、続き……って」


 ごくりと、李津の喉が鳴る。


 潤んだ瞳を伏見がちにして、アルは李津からそっと離れた。


 小柄な指先がゆっくりと伸び、バインダーを取る。


「ぼくはあと1ページで終わるからねー。りっつんはどー?」


「……」


 さくっと作業に戻る彼女の隣で、さんざん振り回された男がフリーズしていた。


「ん? りっつん?」


「えと……まだまだかな……」


 気の毒な李津、こんな状態で作業に集中できるはずがない。


 結局、李津だけ仕事が終わらず副会長の太宰にネチネチ嫌味を言われるのだが、それはまた別の話である。



 

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