妹が間違ったなら、止めるのが兄なんだよ!

 躑躅つつじに腕をしっかりと掴まれ、仲間からの助けもない。簡単に逃げられないと自覚した薔櫻薇は、ふてくされてそっぽを向いた。


 だが、躑躅の説教はこれからだ。


「ったくおまえは。見ろ、こんなに大勢に迷惑をかけやがって。それに普通に不法侵入だろがよ」


「うるせーな! あたしがパクられようとも、兄貴には関係ないだろ!」


「関係あるわバカたれが!」


「ねえよ!」


「あるんだよ、おまえの兄貴だぞ!」


「はああ?」


 薔櫻薇バサラはふつふつとわき上がる苛立ちをぶつけるように、躑躅つつじを睨みつけた。


 それでも――。


「無駄だ。もう俺は、おまえから逃げねえ!」


 いつも薔櫻薇バサラから目をそらして来た躑躅つつじが、妹の威嚇を受け止めた。


「ダルいよ、兄貴てめぇ。今さら響かねーんだよ!」


 今度は薔櫻薇も引かない。フリースタイルダンジョンくちげんかは続く。


「はあ? 兄だぁ? 留年して、妹に学年を越されてんのに? 尊敬どころか、学校で視界に入るたび、恥ずかしいんだよ! てめぇを兄貴だなんて認めてねーから! わかったら手を離して、とっとと帰れよ!」


「おう、確かに俺はまっとうな人間じゃねえ。おまえよりも出来が悪いしなぁ」


 自虐した薄笑いを浮かべて、躑躅つつじは手に力を込める。


「だけどなあ、おまえがどう思おうが、俺たちはれっきとした兄妹だ。妹が間違ったなら、止めるのが兄なんだよ!」


 狂犬のように暴れる薔櫻薇を、躑躅はもう怖いとは思わなかった。何年も兄をやってきているのだ。よく知る態度に「またか」という感情しかわかない。


 それにバサラは本気で興味がない相手には、李津が初めて交渉に行ったときのようにスルーで対応するだろう。


 会話が成立しているのであれば、話す余地があるということだ。


「大人になるにつれてよぉ、叱ってくれる人間が減るんだ。間違った道に進んでも教えてくれることなく、離れて終わり。そんなの悲しいじゃねえかよ。……俺はな、そうなっちまう前にこいつに止められたんだ」


 ぽかんと口を開けている李津を、躑躅つつじは一瞥して続ける。


「おまえはどうだ? ここにはたくさん人がいるけど、本気で止めたやつはいるか? 誰がおまえを叱る? いねえなら、兄貴おれがそうしてやらねーとだめなんだよ!」


「クソ、うぜーな!」


「おうおう、うざくて結構! おい、おめーらは自分の意志がねえのか!? 社会から縛られたくないくせに、こいつの言いなりか!? つまんねえチームだな!!」


「おい、そいつらは関係ねえだろ!」


 周りの少女たちは躑躅つつじの啖呵に息を飲んだ。


 今日、どうしてここに来たのか。その理由を、各々おのおのはあらためて自身の胸に問いかけてみた。


 目の前でわめいているリーダーには恩があった。


 でも、それだけなのか。


 恩人だから、リーダーだから。命令されたから、なんとなくついてきたのか?


 そして少女たちはひとり、またひとりと確信を持つ。


 自分は、自分たちは、紛れもなく薔櫻薇バサラという人間が好きでここにいるのだ。


 少女たちの警戒が、ひとり、またひとりと薄れていく。


 薄々わかっていた。この抗争が無駄だということを。


 あの男が争いを終わらせてくれるなら、荒療治も受け入れよう。少女たちの気持ちがひとつになった瞬間である。


「それからオメーはいい加減、変な男への執着はやめろ! 金と時間の無駄だ!」


「うるせえっ!」


 渾身の力を込めて肘を入れると今度こそ、薔櫻薇は躑躅の手を振り切った。


 腹を押さえる兄から離れ、憎らしげに睨みつける。


「てめぇに人の恋路を邪魔する権利はねえ。本気でホレてるんだよォ、あたしはあああっっ!!」


 薔櫻薇の心の底からの叫び声が、廃工場に響き渡るのだった。





 

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