認知されてないとかガチで萎える
S席で見守るのは、決闘相手だったはずの『卍・ザ・カヌレ』総長のキラリと応援の少女たち、争いを止めに来たはずの李津、そして『キャット・キス』所属の少女たちである。
「なんで推しを諦めろなんて、
頬を染める乙女な
ケンカはどこへ行ったのか、完全に恋愛リアリティーショーを楽しんでいる。
「俺から巻き上げた金で男に貢いでるからだろがよ!!」
だが
えっ、人のお金を使って啖呵切ってたんだ。みたいな。
ここにきて、リーダーの面目は丸潰れである。
「そこまで言うなら、てめぇで
「というわけで、つむぎ、よろしく」
スマホがポケットにしまわれるのと同時に、
「ガ、ガクト様??」
入り口に、いつの間にか若い男が俯いて立っていた。
逆光で顔がよく見えない……が、シルエットからして
二人が愛する人を見間違えるはずがなく、テンションは急上昇する。
……が、なんか頭身がおかしい。
リア
彼女たちが知っているのは、9頭身でスタイルのいいガクトだ。プロフに「身長175↑」と書いてあった。実物は遠くにいるからかもしれないけれど、厚底シューズをはいているのにも関わらず、自分たちよりも小柄に見える。
千葉県の
しかし、ゲストがそのまま帰してもらえるはずもない。
神の見えざる手によって、廃工場の中へとズルズルと引きずられると、二人の前にポイッと放り出された。観念したガクトは、しかたなく笑顔を張りつかせる。
「や、やあ。いつも推し事ありがとう。えっと、バサラちゃんと
「は。誰だよ、ナナカて……」
推しに名前を間違えられたキラリは、ガチでテンションが下がっていた。
いつもなら「ざまあw」などと嘲笑っているところだが、
「が、ガクト様……? SNSと顔が……? えっ、これ本物??」
本日2回目の「SNSと顔が違う」発言に、ショックを受けるガクトである。
しかし、しぶとくなければ息長くインフルエンサーはできない。こんなことで折れないのが彼の長所だ。
「おいおい、そんなに変わらないだろ?w」
「全然違うけど」
バッサリと。
「で、でも、きみたちだって加工……」
「限度があるだろ。あとなんか臭い」
キッパリと。
しかしそれを除いてもシンプルに肌が汚く、ダルダルに緩んだあごがみっともない。
これを韓国アイドル風の
「どうする
「あん? どーするってなにが……つかキラリだっつの!」
「あたしはもう降りてもいーわ。なんか冷めた」
「ウチこそもうねーだろ。認知されてないとかガチで萎えるんだけど」
「あはははは、そりゃそーだw ネットはしょせんネットってこったな。ほら、おめーももうへこむのはやめな」
しゃがみ込んでうじうじしているキラリに、
「んじゃ、これで手打ちな、薔櫻薇」
「仕方ねえなあ、
あらためて手を握り合うと、二人は晴れやかな表情を突き合わせた。
彼女たちのために集まった面々も、長かった抗争の幕引きをあたたかく見守る。
赤と白が交わる美しいシーンの片隅で、ガクトはゆっくりと後ずさっていた。
「はは、じゃあ僕はこれで……」
「あん?」
特攻服の女たちと、紅白それぞれの戦闘服を着た少女たちの視線が、一斉にガクトへと向かった。
「おいおい、せっかく来たんじゃん、ガクト様。ゆっくりしていきな?」
「そーだ、あーしらと写真でも撮ろうぜ?」
「ひいいっ!!」
リーダーの二人から同時に詰め寄られ、ガクトは腰を抜かして尻もちをつく。
「ヤボだと思って言わなかったけどさー、ウチら以外にもカモがいるんだろお?」
「はは……ヤボだと思うなら言わないで欲しかったかな……」
「
「ちょっ!? か、加工を!!」
「ああん? あたしらそのままでかわいいから、加工なんていらねーんだよ。『ガクト様(笑)とチル〜』っと」
「せめて、一回チェックさせてくれ! なんなら俺が加工もしてあげるからああああ!!」
みっともなくすがりついて
この後、彼の素顔がファンたちの間で拡散されてプチ炎上となり、垢消しして逃亡するはめになったのだがまた別の話。
楽しそうにガクトを追い詰める
「もう人様に迷惑をかけるなよ」とでも言うように、キングダムの大沢たかおよろしく腕を組んで微笑んでいた。
そんな彼だったが、ふと視線を感じて振り返る。
「なっ、なんだよ李津! 黙ってねーで声かけろよ」
ぽつん、と。
フルメイクでイケメン風に変身し、大活躍するはずだった主人公が、しょんぼりと棒立ちしていた。
「兄妹ゲンカつか、ダセェとこ見せちまったな。ははは!」
恥ずかしさをごまかして絡んでくる
なぜなら、妹を見つめていた
「いや、すごかったよ。俺はなにもできなかった」
「なんだよおまえ〜」
「……
「!? 英語でデレるってことは、カッコよかったってことか?」
「
今回の
リアルに感じた兄妹の空気感。
他人には踏み込めない絶対的とも思える領域。
兄妹を手探りで紡いでいる李津には尊くて、うらやましかった。
「
――だが腹が立つので、それを本人に言ってやる道理はない。
◆
廃工場の外で待機していた莉子とつむぎ、そして絹は、もう身を隠すことなく入り口から中をのぞいていた。
「
「あ、あのぉ。うちのおにーちゃん、今日はあまり活躍してないように見えるけどぉ。で、でも、頑張ったのはわかってほしくてぇ〜」
泣きそうになって言い訳するつむぎに、絹は慈愛に満ちた表情で微笑む。
「そうだな。
「えっと、じゃあ」
不安げな莉子にも頷いて見せる。
「ありがとう、依頼は完了だ。礼は改めてさせていただこう。それじゃあ、あたしはここまでだ」
手を取り合い、目を輝かせて歓声を上げる妹たちを残して、絹は颯爽とその場を後にした。
……
…………
廃工場を十分に離れてから、絹はスマホを操作し耳に当てた。相手は待っていたかのようにすぐに通話に出たため、思わず苦笑を漏らす。
相手と一言二言交わしたあと、絹は小さく笑みを浮かべた。
「――賭けはあたしの負けですよ。ええ、あなたも聞いていたのでしょう? それでは夏休み、楽しみにしていますよ。ハウル嬢」
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