認知されてないとかガチで萎える

 にのまえ兄妹のフリースタイルは、妹・薔櫻薇バサラによる肘打ちとピュアな告白にて、一度ブレイクが入った。


 S席で見守るのは、決闘相手だったはずの『卍・ザ・カヌレ』総長のキラリと応援の少女たち、争いを止めに来たはずの李津、そして『キャット・キス』所属の少女たちである。


「なんで推しを諦めろなんて、兄貴てめえに口出されなきゃいけねーんだよ!!」


 頬を染める乙女な薔櫻薇バサラに、『キャット・キス』の少女たちがきゃあきゃあと騒ぎ立てた。


 ケンカはどこへ行ったのか、完全に恋愛リアリティーショーを楽しんでいる。


「俺から巻き上げた金で男に貢いでるからだろがよ!!」


 だが躑躅つつじの一言で会場の温度が下がった。


 えっ、人のお金を使って啖呵切ってたんだ。みたいな。


 ここにきて、リーダーの面目は丸潰れである。


「そこまで言うなら、てめぇでナシつけろ」


 躑躅つつじはスマホを耳に当てた。


「というわけで、つむぎ、よろしく」


 スマホがポケットにしまわれるのと同時に、薔櫻薇バサラとキラリの視線が廃工場の入口へと釘付けになる。


「ガ、ガクト様??」


 入り口に、いつの間にか若い男が俯いて立っていた。


 逆光で顔がよく見えない……が、シルエットからして推しガクトのようだ。


 二人が愛する人を見間違えるはずがなく、テンションは急上昇する。


 ……が、なんか頭身がおかしい。


 リア補正が入っていたとしても、拭いきれない違和感がひしひしと二人の心を侵食する。


 彼女たちが知っているのは、9頭身でスタイルのいいガクトだ。プロフに「身長175↑」と書いてあった。実物は遠くにいるからかもしれないけれど、厚底シューズをはいているのにも関わらず、自分たちよりも小柄に見える。


 千葉県のレディースホンモノたちに睨まれたガクトは、一歩も動こうとしなかった。こんなの、獰猛どうもうなライオンの檻にむざむざ入るようなものである。


 しかし、ゲストがそのまま帰してもらえるはずもない。


 神の見えざる手によって、廃工場の中へとズルズルと引きずられると、二人の前にポイッと放り出された。観念したガクトは、しかたなく笑顔を張りつかせる。


「や、やあ。いつも推し事ありがとう。えっと、バサラちゃんとナナカちゃん・・・・・・…………だよね?」


「は。誰だよ、ナナカて……」


 推しに名前を間違えられたキラリは、ガチでテンションが下がっていた。


 いつもなら「ざまあw」などと嘲笑っているところだが、薔櫻薇バサラ薔櫻薇バサラでそれどころではない。


「が、ガクト様……? SNSと顔が……? えっ、これ本物??」


 本日2回目の「SNSと顔が違う」発言に、ショックを受けるガクトである。


 しかし、しぶとくなければ息長くインフルエンサーはできない。こんなことで折れないのが彼の長所だ。


「おいおい、そんなに変わらないだろ?w」


「全然違うけど」


 バッサリと。


「で、でも、きみたちだって加工……」


「限度があるだろ。あとなんか臭い」


 キッパリと。


 薔櫻薇バサラはガクトをまじまじと見つめた。なぜか推しの髪にはゲロがついてるし、頬が泥で汚れている。ここまで来る間になにかあったのかもしれない。


 しかしそれを除いてもシンプルに肌が汚く、ダルダルに緩んだあごがみっともない。


 これを韓国アイドル風の見た目ビジュまで持っていけるのだから、インターネットには夢がある。


 強面こわもてのヤンキーにジロジロと品定めされたガクトは、ついに目に涙を浮かべて大人しくなってしまった。


「どうするマン子」


「あん? どーするってなにが……つかキラリだっつの!」


「あたしはもう降りてもいーわ。なんか冷めた」


「ウチこそもうねーだろ。認知されてないとかガチで萎えるんだけど」


「あはははは、そりゃそーだw ネットはしょせんネットってこったな。ほら、おめーももうへこむのはやめな」


 しゃがみ込んでうじうじしているキラリに、薔櫻薇バサラは手を差し出した。キラリは少しためらったあと、その手を取って立ち上がる。


「んじゃ、これで手打ちな、薔櫻薇」


「仕方ねえなあ、キラリ・・・


 あらためて手を握り合うと、二人は晴れやかな表情を突き合わせた。


 彼女たちのために集まった面々も、長かった抗争の幕引きをあたたかく見守る。


 赤と白が交わる美しいシーンの片隅で、ガクトはゆっくりと後ずさっていた。


「はは、じゃあ僕はこれで……」


「あん?」


 特攻服の女たちと、紅白それぞれの戦闘服を着た少女たちの視線が、一斉にガクトへと向かった。


「おいおい、せっかく来たんじゃん、ガクト様。ゆっくりしていきな?」


「そーだ、あーしらと写真でも撮ろうぜ?」


「ひいいっ!!」


 リーダーの二人から同時に詰め寄られ、ガクトは腰を抜かして尻もちをつく。


「ヤボだと思って言わなかったけどさー、ウチら以外にもカモがいるんだろお?」


「はは……ヤボだと思うなら言わないで欲しかったかな……」


押忍おす、チーズ! うぇーい連写ーっと。これタグ付けしとくわ」


「ちょっ!? か、加工を!!」


「ああん? あたしらそのままでかわいいから、加工なんていらねーんだよ。『ガクト様(笑)とチル〜』っと」


「せめて、一回チェックさせてくれ! なんなら俺が加工もしてあげるからああああ!!」


 みっともなくすがりついて懇願こんがんするが、薔櫻薇バサラたちが聞き入れるはずがない。最終的にはめそめそと泣き出すガクトだった。


 この後、彼の素顔がファンたちの間で拡散されてプチ炎上となり、垢消しして逃亡するはめになったのだがまた別の話。






 楽しそうにガクトを追い詰める薔櫻薇バサラを、一歩下がって躑躅つつじは見守っていた。


「もう人様に迷惑をかけるなよ」とでも言うように、キングダムの大沢たかおよろしく腕を組んで微笑んでいた。


 そんな彼だったが、ふと視線を感じて振り返る。


「なっ、なんだよ李津! 黙ってねーで声かけろよ」


 ぽつん、と。


 フルメイクでイケメン風に変身し、大活躍するはずだった主人公が、しょんぼりと棒立ちしていた。


「兄妹ゲンカつか、ダセェとこ見せちまったな。ははは!」


 恥ずかしさをごまかして絡んでくる躑躅つつじだが、そんな所作ですら李津には眩しかった。


 なぜなら、妹を見つめていた躑躅つつじの横顔が、いつものアホ面ではなく雄々しく見えて。近くにいたのに声をかけるのをためらってしまったくらいだから。


「いや、すごかったよ。俺はなにもできなかった」


「なんだよおまえ〜」


「……Piss offうるせえ


「!? 英語でデレるってことは、カッコよかったってことか?」


You are so annoying!本当にめんどくせーやつだな!


 今回の躑躅つつじのツッコミはあながち間違いでもなかったので、余計にイラつく李津だ。


 リアルに感じた兄妹の空気感。


 他人には踏み込めない絶対的とも思える領域。


 兄妹を手探りで紡いでいる李津には尊くて、うらやましかった。


WTFくそったれ


 ――だが腹が立つので、それを本人に言ってやる道理はない。




 ◆




 廃工場の外で待機していた莉子とつむぎ、そして絹は、もう身を隠すことなく入り口から中をのぞいていた。


呵呵かか。夢を覚まさせるためには冷水現実をぶっかけるのが早かったか」


「あ、あのぉ。うちのおにーちゃん、今日はあまり活躍してないように見えるけどぉ。で、でも、頑張ったのはわかってほしくてぇ〜」


 泣きそうになって言い訳するつむぎに、絹は慈愛に満ちた表情で微笑む。


「そうだな。躑躅つつじもりの字がいなけりゃぁ、いつまでも妹から目をそらしていただろうな」


「えっと、じゃあ」


 不安げな莉子にも頷いて見せる。


「ありがとう、依頼は完了だ。礼は改めてさせていただこう。それじゃあ、あたしはここまでだ」


 手を取り合い、目を輝かせて歓声を上げる妹たちを残して、絹は颯爽とその場を後にした。



……


…………



 廃工場を十分に離れてから、絹はスマホを操作し耳に当てた。相手は待っていたかのようにすぐに通話に出たため、思わず苦笑を漏らす。


 相手と一言二言交わしたあと、絹は小さく笑みを浮かべた。


「――賭けはあたしの負けですよ。ええ、あなたも聞いていたのでしょう? それでは夏休み、楽しみにしていますよ。ハウル嬢」






 


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