extra 02 つむぎとニコイチ、朝比奈さん☆(ゝω・)v

 レディースたちとの大立ち回りをした日の深夜の話である。


 ゲームを終えた李津が飲み物を取りに1階に降りると、洗面所から奇妙な声が聞こえてきた。


「なにしてんの?」


「んーーー……んんっ!? おっ、おにーちゃんんっ!?」


 体をねじってうなっていたつむぎは李津に気づき、小さく跳ねる。


「体操?」


「あ、えとぉ、首の後ろがひりひりする気がしてぇ……」


 つむぎはちらちらと、鏡の方を気にした。どうやら首の後ろを見ようと頑張っていたらしい。


「見ようか? 腕もまだ治りかけなんだから無理するなよ」


「ひえぇ、ありがと〜。よしなにぃ〜」


 つむぎは素直に背中を李津に向けた。無防備すぎる仕草に、李津はどきりとする。


(……風呂といい背中といい、信頼されてるなぁ)


 なんともいえない気持ちで、つむぎのツヤのある黒髪を首の前によける。


(それに俺も、なんだかんだ世話焼いてるし。なんだよこれー)


 結局、妹たちのペースに飲まれてしまう李津だ。


 ハの字に割れた髪の間から白い首筋が見え、赤く腫れている場所を確認。歯型と血の跡があって、李津の目が一気に覚める。


「ちょっちょちょちょ!? おい、どうしたこれ。ま、まさかあいつに!?」


 がしっと肩をつかんで李津はつむぎに詰め寄った。


 ガクトを釣り出すためとはいえ、つむぎに囮になってもらう作戦なんて立てるんじゃなかったと後悔が頭を駆け巡る。


「うぅ……」


 もぞもぞと体を震わせて、つむぎが涙目で見上げる。


「さっき莉子ちゃんに噛まれたぁ」


「…………は?」


 その答えはさすがに、「は?」である。




 ◆




 時刻は夜中の1時。二人はリビングに移動した。


 ソファに足を乗せて体育座りするつむぎの背中側で、李津が傷の処置をしている。


 ちなみに犯人は、ベッドでグースカと寝ているらしい。


「とりあえず、これで傷は保護できたかな」


「ごめんね。ありがとぉ、おにーちゃんっ」


「つか、寝ながら噛みつくかよ」


「えへへぇ。夢で美味しいもの食べてたのかなぁ」


「おまえはもっと怒った方がいいぞ」


 つむぎの後頭部を軽く李津がつついた。それでも彼女は、のんきに笑った。


 そんなつむぎの背中に向けて、李津は声をかける。


「あのさ、今日まで協力してくれてありがとな。躑躅つつじの妹の暴走を止められて、よかった……と思う」


「そうだね〜」


「俺ひとりじゃ無理だったし。それと、みんなで協力してなにかを成功させるのって、初めてで。……うれしかった」


「ふへ、そっかぁ〜。おにーちゃんがうれしくてよかった〜」


「なんだよ」


「えへへ〜」


 こわばっていた李津の表情が、つむぎの笑い声でやわらいだ。


 この妹、初めて会ったときは笑った顔なんてほとんど見せなかったのに。最近は笑顔の方が多くて、それも彼の心を温かくする。


「えとぉ、おにーちゃん? あのね、ご、ごほうびに、あたま撫でてもらってもいいかなぁ?」


「ん? ああ、そんなことでいいのか」


「いいのぉ? ふへへ、えいっ」


 体をこちらに向けるかと思ったら、後ろ向きのままコテンとつむぎが倒れてきた。その背中を胸もとで受け止めて、李津はさすがに驚く。


「おま、危ないって!」


「ん〜、大丈夫だよぉ〜。だってほら、おにーちゃんが受け止めてくれるからぁ〜」


 うれしそうに見上げるつむぎと視線が絡む。


 李津は思った。妹ってかわいい、と。


 夏の虫とカエルの鳴き声しか聴こえない夜に、さわさわと髪を撫でる控えめな音が重なる。


 幸せそうに目を閉じるつむぎと、まんざらではない李津。心地よく流れる時間の中で、兄妹は静かに言葉を交わす。


「そういえば、朝比奈さんが大活躍したらしいな?」


「ん〜。わたしはまだ手が本調子じゃないから、朝比奈さんがいろんな力仕事を手伝ってくれてぇ」


 インフルエンサーのガクトを見えない力で縛ったのも、口を封じたのも、倉庫の中へと引きずり込んだのも。つむぎに憑く幽霊の朝比奈さんのおかげだ。


 初期は守護霊だったはずが、今ではすっかりパワー系便利屋さんとなった幽霊である。


「そういえば朝比奈さんって、どうしておまえと一緒にいるんだ?」


「うえぇ〜? 気づいたらいたのでぇ〜。それよりもおにーちゃん」


 パチリと目を開けて、つむぎは李津を見上げる。


「ふわふわのペンギンの人形、どしたのぉ〜?」


 頭を撫でる李津の手が止まった。


 躑躅つつじに買ってもらったスクイーズのことである。


「最近よく必死で握ってるけどぉ〜、なんでぇ?」


 つむぎの純真な視線に耐えきれず、ガチ↑ガチ←ガチ→ガチ←と硬直した視線がうつろう。


「いや、あの、それは、ええと……」


 おっぱいの代わりです!


 などと、本当のことなんて言えない。


 言い訳が出てこず、あわあわ。


 先ほどまで心地いい空間だったはずが、急に息苦しく感じてきた。気づけば指先が震えている。


(まさか、こんなときに禁断症状がっ……!?)


 依存症の恐ろしいところは、思い出すと止まらないところだ。


 李津の瞳は血管が切れたように充血する。震える指を、もう片方の手で抑える。


(!!)


 運の悪いことに、仰向けに寝転がっていてもわかるふたつの膨らみが目に入ってしまった。


 李津の視線はそこに固定されたまま微動だにしない。手が、自分の意思とは無関係に、じわじわと前に突き出ていく。

 

(おい、やめろ! 静まれ! 静まれ右手ぇええ!!)


 ここだけ切り取れば中二病を発症した人だが、実際はアダルト方面にやばい奴である。


 きょとんとしていたつむぎが、「あっ」と声を漏らす。


「おにーちゃん?」


「つむぎ、ごめん。俺もう……っ!!」


「あのね、朝比奈さんがぁ、なんでかおにーちゃんの首狙ってるのでぇ〜」


「うわああああああああっっ!?」


 ガバッと後ろに飛び退き、つむぎから離れる李津。キョロキョロと周りを見回すが、もちろん視界にはなにも映らない。


 ゆっくりと体を起こし、つむぎはこてりと首を傾ける。


「『見・て・る・ぞ』だってぇ〜? やだぁ、朝比奈さんってば、おにーちゃんに嫉妬してるのかなぁ。うへへへぇ」


「は、はは、そうかもね……」


 実際に、首筋に鋭くて冷たい突風が当てられた感触があり、李津は顔を青くした。つむぎの言葉なんてもう耳に入っていない。


 心臓が大きな音を立てて警告する。


 彼女には強力なSPがついているぞ、と。李津は頭に叩き込み、縮み上がった。




 余談だが、李津のおっぱい禁断症状はこの日を境に落ち着いたそうだ。


 ショック療法、ここに極まれり。





 

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