お兄ちゃんだぁ? 今日は参観日でちゅかぁ?

 そもそも抗争の発端は、「キャット・キス」総長薔櫻薇バサラと「卍・ザ・カヌレ」総長キラリによる、ピーナッツ戦争を盾にした推しガクトの同担拒否である。


 それなら「ガクトよりもまともなイイ男が出現すれば、彼女らの目も覚めるだろう」というのがこちらの狙いだった。


 しかし「じゃあ李津きゅんは譲るから、ガクトはウチがもらうね」というキラリの発言に対して、薔櫻薇バサラはハッとした顔を見せたのだ。


 新しい推しが見つかったからといって、そういうんじゃない・・・・・・・・・のである。


「えっ、なに?」


 空気が変わって、李津は二人を見くらべた。


 悲しそうに首を振る薔櫻薇。彼女は自分の気持ちにようやく気づいたのだ。


「ごめん、りっきゅん……。やっぱりあたしはガクト様じゃないとダメみたいだ」


「ええっ、なんで!? 俺にゾッコンって聞いてたけどどういうこと!?」


 パニックで、莉子からの伝聞が隠せてない李津だ。


 薔櫻薇も薔櫻薇で、自分に酔った恍惚な表情を浮かべている。


「時間、かな。あたしとガクト様の間には、越えられない絆と愛が……」


「課金だろ」


「……」


 ズバリとキラリから指摘され、薔櫻薇は閉口した。


「あんたもいろいろと投げ銭やらプレゼントやら贈っていたみたいだしね。でも、ウチの方が配信で着てもらった回数2回多いし?」


 ここぞとばかりにマウントを取ってくるキラリを、薔櫻薇は真っ赤な顔で睨みつける。


マンッ子おおおおお!!」


「キラリだっつうのおおおお!!」


 土壇場で、貢いだ金が惜しくなった二人だった。


 完全に当て馬にされた李津だが、意外にも怒ることなく黙っていた。


 廃課金したゲームの仕様が変わり評価が落ちてオワコンだと言われても、なんとかいいところを探して続けようとする彼には、気持ちがわからなくもないのである。




 ◆◇




「もはやこれまで、か」


「ま、まだわからないですから!」


 一方、こちらは工場の外の佐蔵井 絹。そして必死で説得する莉子である。


 ここで作戦が失敗となれば、李津がみんなを見返すチャンスは二度と来ない。


 今までみんなで頑張った準備も、込めた願いも、無になってしまう。珍しく莉子が表情を強張こわばらせているのも納得である。


『うわあっ!!』


 中継していたスマホから聞こえた李津の叫びに、絹と莉子は弾けるようにして現場へと視線を戻した。


 ガクトをめぐってつかみ合う二人の女たちのかたわらで、尻もちをついている李津が見える。最終手段に体当たりで抗争を止めようとして、ゲーマーの体力がかなわなかったことを物語っていた。


 一瞬のうちに全てを悟った莉子は、もはや挽回は不可能だと諦めて肩を落とす。


「やれやれ、仕方ない……おや?」


 今度こそ絹が仲裁に入ろうと踏み出したときだ。ひとりの男が彼女を差し置き、工場の中へと入って行った。


「あっ!」


 莉子が驚くのも気に留めず、男は真っ直ぐにキャットファイトへと向かっていく。


 ついに戦場へとたどり着いたとき、男の手が薔櫻薇の腕を掴み、乱暴に引き剥がした。


「んだよてめぇ!! ……って、兄貴!?」


 抗争の間に入った躑躅つつじは、薔櫻薇を見据えた。


「もうこんなことはやめろ」


 横槍を入れたのが自分の兄だと気づき、一瞬は目を丸くする薔櫻薇だったが、すぐに歯を剥き出して反抗する。


「なんだよ。口きくなって言っただろ、バカ兄貴!」


 しかし薔櫻薇は困惑した。


 いつもなら啖呵たんかに尻尾を巻いて逃げる躑躅つつじだが、いまだ腕は離されない。それどころか見透かしたように見つめてくるではないか。


――キッショ。こいつ調子乗ってね!?


 薔櫻薇バサラの機嫌はさらに悪化し、眉間にしわが寄る。


 対極に、躑躅つつじの表情は一切変わらない。


「……そうだな。それを言い訳に全部李津に任せてたけど、俺が間違ってた。最初からこうやって、自分で止めれば良かったわな」


 ただ、彼の瞳に静かな怒りの火がともる。


「ああ? なんだよ兄貴のくせにっ! ……痛えよ、離せよっ!」


「離さねえ!」


「は? ウザ! てめーら、このバカやっちまえ!!」


 躑躅から逃れるべく、身をよじって仲間に助けを求める薔櫻薇だが、援軍のはずの少女たちは動けなかった。なにせ相手は薔櫻薇の兄だ。自分たちが手を出していいものか、どうか。


 そんな敵の情けない姿を見て爆笑するのが、「卍・ザ・カヌレ」のリーダーである。


「おいおい、お兄ちゃんだぁ? あはははは、今日は参観日でちゅかぁ、薔櫻薇ちゃあん?」


「うるせえ、てめえは黙ってろ!」


「はいっ!」


 凄みが効いた躑躅の声に、キラリはピシャリと黙った。彼女、「わきまえるべきところを決して間違えないのがリーダーの素質だな」と、先代に認められてトップに押し上げられた女である。






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