わたしは右足?になるのでぇ



 放課後、李津とつむぎは生徒会室の前に立っていた。


 金輪際、生徒会とは関わらないと決めていた彼がここにいる理由はふたつ。生徒会の呼び出しに対して「これで最後だから」と躑躅つつじに懇願されたことと、昼食時になぜかつむぎにも説得されたためだ。


 そこまで言われて無視するほどの胆力もない彼は、嫌々ながらも足を運んだのである。


 興味のない相手と話すのは時間の無駄だが、相手の義理を無碍にするのも人としてどうなのか。


 だったら早く終わらせて帰ろうと、李津が諦めてドアに手をかけたときだった。


躑躅つつじぃぃぃぃ!! おとこを見せんかいワレェーーーーッ!!』


 ドアの向こう側から聞こえてきたのは、生徒会長・佐蔵井さくらい きぬの怒声である。


 兄妹はなにごとかとドアに張り付き、聞き耳を立てた。


『男なら一度決めたら曲げンじゃねぇ! そのドスとキンタマは飾りか、あァ!? こっちは逃げも隠れもしねぇ! 一気にナイフヤッパぶち込まんかいィィィィィィイ!!!!』


『しゃーせんっ!! と、取らせていただきゃーーーーっす!!!!』


 なにを?


 奇しくも、危機一髪シーン。


「は、はやまるな、躑躅つつじーーーっ!!」


 李津がドアにぶつかるようにして飛び込めば、ソファスペースで向かい合う絹と躑躅つつじが見えた。ちょうど躑躅つつじがこちらに背を向ける立ち位置だ。


 だが、李津は間に合わなかった。


「うわああああああああああっ!!!!」


 身を低くした躑躅つつじは声を張り上げると、勢いよく前傾した。


 ガチッと何かを噛む・・音のあと、躑躅の屈んだ頭の向こうから大量の血――ではなく、握りこぶし大のなにかが飛び上がった。


呵呵かか。てめぇ、男になったじゃねえか」


「はあ、はあ、はあ……。俺がヤったのか……?」


「ああ、よくやった。てめぇの手柄だよ」


「ううっ……あじがどう、ございばず!!」


 絹は躑躅つつじの肩を叩いてから、李津らへと顔を向けた。当然ながら怪我はなく、ピンピンしている。


「おう、りの字ィ」


「……なにしてんの」


「海賊カチコミゲームだよ。コイツにブッ刺して樽から飛び出させりゃ勝ちさァ。おまえもやるかい?」


 見れば床に、海賊が無惨な姿で転がっている。


「やらねーよっ!」


 感極まって泣いている躑躅つつじの感性も、ちょっと意味がわからない。


「あ、あのぉ〜、こ、このゲームってぇ、黒ひげさんを飛び出させた方が負けなのではぁ〜?」


「なに言ってるんだつむぎ。pop up pirate黒ひげ危機一発は、当てたら勝ちに決まってるだろ?」


「うえっ、えぇえ〜!?!?」


 困惑するつむぎに、ポカンと呆れたリアクションを見せる李津だ。


 余談だが、海外の黒ひげのルールはそうなっているし、日本も発売当初は「当てたら勝ち」がオフィシャルルールだったので、絹のやり方も一概に間違っているとはいえない。


「待ってましたよ、兄! むぎもやっほー!」


 カオスな空間に聞き慣れた声が通る。


 声の主を探せば、躑躅つつじの背中で死角になっていたが、絹の隣に莉子が座っていた。


「どうして妹1が、という顔だな。まあ二人とも適当に座ンな」


 絹はソファを譲ると、自席から椅子を持ってきて腰掛けた。


 ソファには李津と躑躅つつじ、そして妹たちがつく。


 目の前のテーブルには、海賊カチコミゲームが転がっている。


「まずは先日の依頼についてだ。りの字も妹たちもありがとう。レディースの2チームは再度あたしの管轄下に置くことになったから、もうカタギに迷惑はかけねぇ。佐蔵井 絹の名にかけて約束しよう」


 絹は抗争のその後についてを、面々の前でつらつらと語った。


 早く言いたくて仕方がなかったのだろう、言葉は詰まることなく流暢に続いていく。


 だが李津が手を貸すことにしたのは、躑躅つつじのためだ。その後の話など1ミリも興味がない。彼女が気持ちよさそうに話す内容を、ほとんど聞き流した。


 報告がひと通り終わると絹は妹たちに目配せをした。


「さて、今日りの字に来てもらったのはこの報告だけじゃねえ。実はもうひとつ、頼みがある」


 上の空だった李津だが、さすがにその言葉は聞き逃さなかった。


「はい、はい、はい、はい」とビートを刻んでいたあいづちをピタリと止める。


 絹の「頼み」には嫌な予感しかない。思わず席を立ち上がるが、絹は動じることなく李津を見据えた。


「おまえ、あたしの右腕になるつもりはねえか?」


 突拍子のない提案だが、瞳は真剣そのものだ。


 そこに、話を口を半開きで聞いていた躑躅つつじが割って入る。


「ちょっと待ってくれ! 会長? 右腕は俺じゃねーのかよ!?」


「そうか? じゃありの字は左腕でもいいか?」


 めちゃくちゃ雑に、空いている左腕が提示された。すごく凛々しい表情である。


 これにはさすがに李津も睥睨へいげいした。


「今日が生徒会室に呼び出す最後だって聞いたんだけど?」


「ああ、抗争の件・・・・ではな」


 図太い絹は、涼しい顔でクレームを受け流した。


 眉間にしわを寄せる李津を見て、慌てて妹たちがフォローする。


「兄、これはチャンスかもです。生徒会に貢献すれば、イメージアップにつながりますよ!」


「お、おにーちゃんがもしひとりで寂しいならぁ、わたしも生徒会長の右足?になるのでぇ〜。ね〜?」


「おっ、じゃああたしは左足ですね!」


 などと、前の席で勝手に盛り上がる妹たち。


「右足に左足って……おまえらエクゾディア作る気か!?」

呵呵かか。そりゃデュエリストのロマンカードじゃないか」


 ツッコミが噛み合い、李津と絹は顔を見合わせた。


「あれこいつ、まさか」的な。


 お互いにいぶかしむ空気が流れる。


 その時、李津のスマホアラームが生徒会室に響いた。


「あっ。悪いけど、少し外したい」


 李津は腰を半分浮かして、そわそわし始めた。


 一方、同じく絹もスマホの画面を見て。


「いや、あたしも10分ほど抜けようかな。躑躅、悪いが妹たちに茶でも出してくれねえか? ……おやどうしたんだい、りの字。なにかあたしの顔についてるかい?」


 顔をジロジロと見られていることに気づき、絹は首をかしげる。


「組長、もしかして」


「おい李津! 組長じゃなくて会長・・、だからなーっ!?」


「ゲリライベント?」


「……その言い草じゃありの字、おまえもか」


 二人は互いに口角を上げた。同志を見つけた目には、もう一切の迷いがない。


呵呵かか。事情はわかった、席は外さなくていい。さっさとここで片付けちまいな」


「フフ。組長も健闘を祈る!」


「だぁから、会長だつってんだろ李津!! おまえソレ、直す気ねえな!?」


 冷蔵庫の前で叫ぶ躑躅つつじの声など、集中した李津の耳にはもう入らない。絹もすさまじい指遣いでスマホをスワイプしている。


「はあ。スマホゲームのなにがそんなに楽しいんですかね」


「わ、わたしもぉ、おにーちゃんと一緒のゲーム、はじめようかなぁ〜。えへへ〜」


「むぎ、そういうドM発言はやめたほうがいいですよ」


「うえぇっ、どーゆー意味ぃ〜!? 莉子ちゃんぅ〜〜!?」


 放置された妹たちは、ゲームに夢中な二人を冷ややかに眺める。


 話し合いはゲームのゲリライベント後に再開されたが、とてもスムーズに進んだという。






 

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