顔面国宝すぎて無理ですっ!

 つむぎからの報告を受け、李津はひとまずホッと胸を撫で下ろした。今、彼が向かっている先は、例の廃工場だ。


 工場の門が見えて来ると、その前に立つ少女がぶんぶんと手を振ってきた。今回、見張りと連絡役を受け持った莉子だ。


「兄ーっ! ってえええっ!?」


「? なんだよ莉子」


「えちょ、だって顔がっ!! あ、佐蔵井先輩も来てくれたんですね」


 李津の隣を歩いていた少女が軽く手を上げる。


「ああ、気になったんでな」


 そう言うと、生徒会長・佐蔵井絹は李津を肘でこづいた。


「まったく。あたしの依頼にあたしを動かすなんて、大したタマだよてめぇらは」


「えっ、ダメだったの?」


呵呵かか。いや? そんなこたぁ一言も言ってねえな。こちらが頼んだ手前、協力できることがあるなら力は惜しまねえよ」


 楽しそうに断言し、隣の男の頬に片手を添える。


「ったく、こっちを向け、りの字。そして少ししゃがめ。無事でいたけりゃそのまま目ぇ閉じな」


「拳銃とか突きつけられないよな?」


「馬鹿、てめぇのアイラインが落ちてんだよっ!」


 ぐいっと、お互いの鼻息がかかる距離に顔が近づく。


 絹はボディバッグから綿棒を出すと、李津の目の周りの余計な汚れを器用に拭った。そしてアイライナーで、消えかけていた線を描き足す。ついでにリップもブラシで塗り直した。


 おっぱい総本山がなかなか大胆で、李津は生きた心地がしなかった。


 目を閉じて必死にやり過ごそうとするが、本日スクイーズを忘れてきてしまったため指先が震えてきた。


 自分に触れた3人目の女子・絹に、何の感情もわかないはずがない。


「おい、動くんじゃねえ」


 ピシャリとたしなめられて、李津は慌てて手を引っ込めた。無意識に手がスクイーズを求めてさまよっていたらしい。


 一本の筋が通ったような落ち着いた声に、改めて気持ちが引き締まる。彼女でなければ、浮ついた心は落ち着かなかっただろう。


 一方、至近距離でも特に意識するそぶりもなく、仕事人の表情で李津を見つめた絹は、ようやく満足そうに微笑んだ。


「うん、よし。これでおまえたちの望みのK-POPアイドル風の顔面と遜色そんしょく……はあるなぁ。妹、すまない。あたしにはこれが限界だ」


「やっば! 本物のアイドルですよこれ! やっぱ元がいいからですかね! でも、この顔を直視してどうして先輩は無事なんですか? 顔面国宝すぎて無理ですっ!!」


「あー。一体、妹にはコレがどう見えてるんだ?」


 メイクを手がけた絹の評価と妹からの評価が180度違うことに、絹は一抹の不安を覚えた。




 この日までに莉子が運営する李津の陽スタグラムアカウントは、1か月経たない間にフォロワー5000人になった。


 ガクトのフォロワーの半分ではあるが、このアカウントからレディース二人への接触は成功している。


 今回の作戦はシンプルに「推し変」。


 推しになりうるアイコンには、李津自身が矢面に立つことにした。


 大胆な作戦だが、ビジュは加工技術でなんとでもなる時代だ。


 李津になりすまし、レディースたちとのやり取りを担当した莉子によると、レディースたちの興味が李津へ向いていることは確かである。


 彼女たちを古参ファンとして、他の子よりちょっと特別扱いをするだけで浮かれてくれるのだから、言い方は悪いがチョロい案件だった。


「そうだ、そろそろ始まりそうなんですよ!」


「そうか。最後まで見届けてやるよ。行ってこい、りの字」


 絹が李津の背中を優しく叩く。李津は頷くと、決戦の場所バトルフィールドへと視線を向けた。


「兄、バチバチにやっちゃってください!」


「OK。戦いは今日で終わりだ」


 莉子が選んだインフルエンサーっぽい衣装を着て、李津は廃工場へと歩みを進めた。戦へ向かう男の背中はいつもよりも大きい。スローモーションで、なんかいい感じのBGMがかかる感じのシーンである。



 ――そして前回の冒頭へと、話はつながる。



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