SNSと顔がぜんぜん違いますね(LINEトークあり)

 土曜日の18時。


 とある廃工場の真ん中で、特攻服ドレスを着た女たちが向かい合っていた。


 西に胸の前で腕を組んだ赤い服の女の後ろには、同じように赤い服で揃えた少女たちが。


 東に指をポキポキ鳴らす白い服の女の後ろには、同じように白い服をまとう少女たちが。


 それぞれのリーダーの行末を、固唾を飲んで見守っている。


マン子ォ! おまえに推しは絶対に渡さねえし、ピーナッツは茹でだッ!」


 赤い服の女が叫ぶ。彼女こそ躑躅つつじの妹、にのまえ 薔櫻薇バサラ! キャット・キスの総長で、長いブロンドをなびかせながら堂々の立ち居振る舞いである。


「その呼び方はやめろォ! ウチはキラリだっつってんだろおおおェ!! やっぱり、てめぇとはヤり合わねえといけねぇみてえだ。あとピーナッツは普通に食え!」


 白い服の女が叫ぶ。彼女が卍・ザ・カヌレ総長、名は加藤綺麗キラリ! 煙草の煙のような妖しいホワイトグレーのポニーテールがしなる。


 お互いの口上を合図に、千葉県レディースチーム「キャット・キス」と「卍・ザ・カヌレ」、両リーダーが前に進んだ。廃工場の中央で至近距離で顔を突き合わせる。


 いざ尋常に勝負! 女たちの戦いの火蓋は切って落とされ――ようとした次の瞬間。


「待ってくれっ!!」


 倉庫のドアを開けて飛び込んできたのは、韓国アイドル風イケメン・・・・・・・・・・・だった。




 ◆




 話は午前にさかのぼる。


 夜の喧騒けんそうが嘘のように静まり返った、とある町の繁華街。


 路地裏の片隅に立つのは、モノトーンのセットアップにバケットハットをかぶった金髪の男。スマホのインカメで髪型を何度も確認して、周りをキョロキョロと見回している。


 年齢は19歳の彼・山本岳人たけひとは、ガクトというネット名で活動しているフォロワー1万超えの自称・・インフルエンサーだ。


 彼がネットをしている理由は金策と女をエサにオフパコするため。今朝もネットで知り合った少女と待ち合わせをしていた。


「最近、投げ銭が少ねえんだよなぁ。おかげで新作が着られなかったじゃねーか、クソッ」


 そう言って歯痒そうにTシャツの裾を引っ張るガクト。


 彼こそ千葉のとある地域で名を馳せる、レディースのリーダー2人に気を持たせた男・本人である。


 はじめのうちは苛立つ様子を見せていたが、スマホを見ているうちに、顔の筋肉が溶けたかのようにだらしなく緩む。


「それにしてもHカップ美少女かぁ〜、ぐふふ。久しぶりの当たりだ、悪いことばかりじゃねーな。写真詐欺が来たら味見してすぐブロックしてやる」


 待ち合わせをしている少女から送られた胸もとの写真を、何度も指で拡大してはニヤつくエロインフルエンサーだった。


「あっあの、ガクトさん……ですか?」


 いろいろとだらしない男の背後で、少女の控えめな声がした。


 来た。ガクトははやる胸を抑えて、鏡の前で何度も練習した笑みを浮かべて振り返る。


 待ち合わせに現れたのは、長い黒髪が可憐な子だった。目が合うと恥ずかしそうにうつむく少女。肩を出したベージュのチェックジャケットとミニスカートのセットアップに黒い厚底シューズという、この辺りでは珍しく派手な格好をしていた。


 韓国ファッションが好みなガクトのど真ん中だ。


「や、やあ、初めまして。ミィア・・・ちゃん、だよね?」


「は、はぃっ」


 ガクトはバキバキに瞳を開き、最近駅前でホワイトニング体験したばかりの真っ白な前歯を見せた。


 思ってた以上の釣果ちょうか。テンションは爆上がりである。


「メッセージありがとね? こんなかわいい子に誘ってもらえるなんてうれしいよ。キミみたいな子が来るんだったら、もうちょっとおしゃれしておけばよかったなぁ」


 軟派ナンパなガクトの第一声に、少女は緊張でこわばった顔をようやく緩ませることができた。


「そそそ、そんなぁ〜。え、えと、じ、じゅうぶんに素敵なのでぇ〜」


 緩ませたが、どこか喋り方がおかしい少女だった。


 しかしガクトは、少女の挙動を気にすることなく自分話りをし始めた。


「いやあ、このジャケットも去年のAW秋冬のだし……一応コレクションだけどね? アクセも急いだからさ。あーやっべ、グッチじゃなくてエルメス合わせで来ればよかったな。今は芸能人がよくつけてるシェーヌダンクルの、マルジェラ期のヤツ狙ってんだよねー。30万くらいするんだけどさ」


「うぇ〜」


「ごめんごめん。こういう話、高校生にはよくわからないよね? 俺、ギョーカイに精通してるから、そういうのばっか詳しくなっちゃって」


「はぁ〜」


「昨夜もGOPPACHIさん……あ、中目黒ナカメで古着とセレクトやってる人から相談のれよって急に通話きて。千葉まで来てくれたから、俺も会員制の寿司屋とかラウンジとか、連れて行くしかないじゃん。そっから朝までコースで、今日あんま寝てないんだよねー」


「ほぇ〜」


 調子よく話し続けるガクトだが、恐ろしいことに後半はすべて虚言である。


 ネットで会う女の子には、っぽい話・・・・をしとけばウケがいいと思っての話題だが、服に興味のない少女は上の空だった。


 だが、それがなぜか「緊張した初々しい姿」とガクトの角膜には映っている。人間がどれだけ自分に都合のいいように切り取ることに長けた動物なのかがおわかりだろう。


 そんなわけで、彼はまんざらではないとばかりに鼻を鳴らすのだった。


「俺なんかに緊張しなくてもいいって。そんなすごいモンじゃないからさ?」


 まったくその通りである。ここ半年、SNSライブの投げ銭とペイ乞食で飢えをしのいできた男だ。説得力がある。


「とりあえずどっか、カラオケでも行く? つか写真よりも実物のがかわいいね、よく言われるでしょ?」


 会いに来てくれた美少女を前にし、自分がとても価値があるような人間に思えて気が大きくなっている彼だ。


 ついに馴れ馴れしく肩に手を回して少女に接触。黒髪の少女は小さく震え、自分を守るように肩をすぼめた。


「あぅ、そんなことないですけどぉ……。それよりガクトさんは、なんかぁ……陽スタと顔がぜんぜん違いますねぇ?」


「え?」


 時が止まった。


 どういう意味?と、問い返そうとしたその刹那。脳が浮遊し、天地がぐるりと入れ替わった。


 比喩ではない。


 今まで隣で肩を抱いていた少女が、いつの間にか彼を見下ろす側になっていたのだから。


「な、えっ? どうなっ?? んぐっ!!!」


 鼻につくひどい刺激臭に、ガクトは思わずえづいた。転んで地面についた顔にべちゃりとついたのは一見パンケーキの種だが、繁華街にそんなファンシーなものが落ちているはずもないのでお察しいただきたい。


「うわぁ……」


 少女もドン引きである。


 ガクトはパニックに陥った。


 地面に伏しているのは一旦置いて、立ち上がりたいのに動けないのはなぜなのか?


 かたわらに立つ少女に「助けて!」と声をかけるが、困った顔をするだけで一向に手を貸してくれる気配がない。


つむぎ・・・! 大丈夫か?」


「あっ、躑躅つつじ先輩! あのぉ、こちらでぇ〜」


「うわ!? なにあれ、本当に守護霊っていんの……?」


 遠くから近づいてきた男に、少女が答えた。


 主役を差し置き、二人でなにか話している。


 その間、わめきながら金縛りのように動かない体をよじっていたガクトだったが、突然、強面こわもての男の顔がドアップになって悲鳴を上げる。


「おう、にいちゃん。ちょっと車に乗れや」


「ひいいいいっ!?」


 首根っこを掴んで引き上げられ、ようやく芋虫野郎の体が地面から離れた。


(い、今のうちに逃げ……れない!?)


 体がなぜか規格外に重いのだ。ひたすらに恐怖を覚えながら大通りまで引きずられ、停まっていたプリウスの後部シートに放り込まれた。


 縛られているわけではないのに動けないし、口も塞がれていないのに声が出せない。


(ら、拉致!? これってハニートラップ? 俺、どうなるんだ〜〜っ!?)


 動けないししゃべれない彼ができるのは、涙と鼻水を撒き散らすことだけである。


 助手席につむぎが乗り込んで、車が発進した。つむぎは後ろをチラ見して、あわあわとスマホを操作した。





【LINE】


>†りっつんのズッ友†(5)



つむぎ

----------------------

おにーちゃん!

----------------------

12:24


つむぎ

----------------------

捕獲かんりょーです!

----------------------

12:25

  

         ----------------------

         おつかれ!

         怪我とかしなかったか?

         ----------------------

         12:26

         既読


つむぎ

----------------------

大丈夫です!

元気に拉致しました!

----------------------

12:26


rico♡

----------------------

元気に拉致

----------------------

12:26


Arkadia

----------------------

ちょまwwwww

なんでここでやるんだよw

おもろいからいいけどww

----------------------

12:26


         ----------------------

         アルもいてほしい

         ----------------------

         12:27

         既読


         ----------------------

         うちの参謀だし

         ----------------------

         12:27

         既読


Arkadia

----------------------

草www


ぼくはゲームしかできない

っつのw

----------------------

12:27


rico♡

----------------------

え!?

これどーいうグループです

か??

----------------------

12:28


Arkadia

----------------------

初めまして、りっつんのネ

ッ友のアルだお (^ω^)

よろしくだお〜

(^ω^) (^ω^)

----------------------

12:28


つむぎ

----------------------

アルさん初めまして。

いい人♡♡

----------------------

12:28


rico♡

----------------------

はじめまして!


あの、えーっと……

ちょっとお待ちください!

----------------------

12:28


rico♡

----------------------


<YouTubeのサムネイル>


----------------------

12:46


Arkadia

----------------------

wwwwwwwwwwwwwww

wwwwwwwwwwwwwww

wwwwwwwwwwwwwww

wwwwwwwwwwwwwww

----------------------

12:46


         ----------------------

         は?動画配信すな!

         ----------------------

         12:48

         既読


Arkadia

----------------------

1げと

ズサーc⌒っ゚Д゚)っ

----------------------

12:48




(画像はノートへ)

https://kakuyomu.jp/users/asamikanae/news/16818093079261908575



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る