おまえみたいに妹と仲良くねーんだわ



「李津〜、マジでごめんって〜」


「つーくんなんて嫌い」


「機嫌直してくれよ〜」


「つーくんと話さない」


「李津ってば、こっち向けよ〜」


「うるせえ、×××××××××××ここには書けない英語の悪口


「えっ、このタイミングでなぜデレた?」


Bullshitうんこ


「おまえかわいいかよ……」


「ドBullshitうんこ


 教室に戻ったあとも機嫌の悪い李津に頭を下げ続ける躑躅つつじは、英語の悪口を「ボソッとデレた」と今日も元気に勘違いしていた。


 その様子をチラチラと盗み見ていたのは隣の席の渡邊さんだ。Bullshitをスマホでこっそり調べて、「OMGオマイガッ」とつぶやく。李津の英語で喋るクセが無意識にうつっていた。


「くそ。頼みって頼みじゃないだろ、あんなの……」


 李津が頭を悩ませる「生徒会長のお願い」とは、高校生への頼み事の常識を超えたものだった。


 それで李津は神妙な顔をしているのだが、空気を読まない男、つまりもう許されたと勘違いしているハッピーワカメヘッドは、ニヤニヤしながら話しかけてくるのだ。


「俺も協力するからよぉ〜」


「いらっ」


 ガンッと躑躅つつじの座る椅子の脚を蹴って、周りに声が聞こえないように李津は顔を寄せた。


「なんなんだよ……。なんで俺が、千葉県の暴走族の抗争を止められると思うんだよ!!」


 覚悟していたより500倍の無茶振りだった。


「いやー、確かに会長の試練を達成できたヤツはまだこの学校にはいないけどよー」


「俺以外も頼まれてんのかいっ!」


 李津のツッコミに、躑躅つつじは嬉しそうに頷く。


「竹取物語みたいなもんだ。会長は気になる人物に試練を与える節があってな」


「それがなんで俺なの」


「俺にビビらずに立ち向かったからじゃね?」


躑躅つつじのどこにビビるって?」


「それ以上言うと、ケツの穴拡張すんぞ」


「やめろよ!? 絶対に嫌だ! み、見せないからな!!」


 えーと、地の文は必要ない場面だが、念のためフォローさせて欲しい。李津は天然である。


「じゃあ大人しく聞け、今回の試練はラッキーだぞ。俺がいれば、おまえが考えているほど難しいもんじゃねえんだ」


「どういうこと?」


 大層余裕ぶった物言いをする躑躅つつじに、李津は顔をしかめた。


「まず暴走族じゃなくて、レディース・・・・・な? ヤンチャしてる女だけのチームで、精神的な暴走はしてるけど物理的にはしてねえ。遠出するならもっぱら電車移動だ。抗争しているのは『キャット・キス』と『まんじ・ザ・カヌレ』」


「いろいろとわけがわからないけど、いったん飲み込んでひとつだけ質問したい。……なんでおまえがいれば難しくないんだ?」


「『キャット・キス』のリーダーはうちの妹、薔櫻薇バサラだから」


「じゃあさっさと兄貴おまえがケンカを止めろよ!!」


「そうなんだけど、あいつ俺のことナメくさってよぉ〜! かわいくねえんだよ、クソ妹がよ!」


 妹より学年が下の兄にそりゃ威厳はないよなと思ったが、珍しく李津は空気を読み、それは口に出さなかった。


「ウチはおまえんちみたいに仲良くねーんだわ。2年はろくに話してねーし、話したくもねー」


「うちも特別に仲良いわけじゃないと思うけど」


「あ? 毎朝一緒に登校して? 昼飯食って? 一緒に帰ってる兄妹がほかにどこにいるよ!!」


「…………」


 兄妹についてよく知らない李津。妹と距離を置いていたつもりが一般的には距離が近い方だということを知り、ショックを受けた。


「とりあえず妹はウゼエが。会長に迷惑をかけてんなら、なんとかしてえんだ。頼む李津、引き受けてくれ」


 躑躅つつじの妹のトラブルだと言われたら無碍むげにはできない。だが、一般の高校生にできることがあるのかというのが根底だ。


「ちなみに抗争の理由は知ってるぞ」


「え、なんで?」


「妹が部屋で叫んでいたのを聞いたからな」


「やっぱりおまえから妹にビシッと言うのが早くない?」


 本当に自分が必要なのだろうかと疑う李津に、躑躅つつじが慌てて続ける。


おれから言っても聞きゃしねえ、反発するだけだ! 妹ってのは遺伝子がそうプログラミングされてんだよ。おまえもわかるだろ!?」


「わからないから聞いてんだよ」


「だろうな!! くそ、てめえの家がうらやましい!!」


 李津が本気でそういう悩みがないのを知っているため、躑躅つつじは悔しくて机を拳で叩いた。


「んで、理由って?」


「おう、それがな」


 躑躅つつじが周りを気にして声をひそめ、李津はごくりと生唾を飲み込んだ。


「千葉のピーナッツを食うなら、ゆでピーナッツVSノーマルピーナッツで意見が割れている」


「解散っ!」


「なんでだよォーーー!」


「付き合ってられるか! 勝手にやってろ! おまえの妹バカなの!?」


「千葉県民には大事なことだろ!!」


「知らんわ! 俺は千葉に来たばっかりで、ピーナッツに思い入れはない!」


「だったら途中で投げ出すのか!? おまえはそんな中途半端なヤツだったかよ!?」


「…………なんだって?」


 中途半端という言葉が李津に引っかかった。眉を寄せ、躑躅つつじをじっと見据えている。


「はあ。てめぇがそんなハンパモンだったなんて、がっかりだぜ」


「ぐふっ」


 胸をおさえる李津に構わず、躑躅つつじはやれやれというポージングで煽り続ける。


「李津はこのままでいいのか? 転校してから、周りのヤツらに誤解されてばかりじゃねえか。俺はおまえのこと親友と思ってるからつれえんだよ。学校のトップである生徒会長から指名されたんだ、チャンスじゃねえか。少しくらいもがいて、みんなを見返してやれよぉ!!」


「――っ!」


 親友という言葉に、李津は一気に惹きつけられた。見開いた目が煌々こうこうと輝いている。


 周りの人からの見え方なんて、李津にとってはどうでもよかった。


「仕方ないな」


 ただ、友人と呼べる男に期待されている。それが彼の心に火をつけたのだ。


「さすが有宮李津! 俺たちでみんなをアッと言わせてやろうぜ!」


「言わせてやる!」


 一転してメラメラと瞳を燃やす李津、残念ながら天然である。


 そしてここまでうまく李津を転がした躑躅つつじ、作戦かといえば残念ながらただの熱血バカである。


 天然とドヤンキー。両者の相性は偶然にも抜群だった。


 今回この場でいちばん有能だったのは、巻き込まれたらかなわないと、そそくさと李津の隣の席から離れた渡邊さんだったと言わざるを得ない。




 

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