相談を聞いてくれねえか、りの字ィ

 李津がソファに座ると、隣に躑躅つつじ、李津の正面に生徒会長の佐蔵井さくらい きぬという並びで着いた。


「さあて。先日イオンでうちの若ぇのが迷惑かけた件だが、詫びが遅くなって悪かったねえ。コイツが言わねえもんでさ」


「しやーせんっ!」


 躑躅つつじは額が太ももにつくほど頭を下げた。とはいえ絹は今年18歳。躑躅つつじのふたつ年下の、ピチピチJKだ。


 クラスでは偉そうな躑躅つつじが、どうしてこうも簡単に頭を下げているのか。この女は一体何者なのか。李津は二人の関係が理解できず、様子を伺っている。


「弟分の不始末は姉貴分が尻を拭わにゃならねえ! 有宮李津! てめぇの願い、この佐蔵井 絹がなんでも聞こうじゃねえか!」


 どんっと腕を机に置いて絹は身を乗り出した。大変自信に満ちあふれた表情である。


「いらないです」


 しかし李津はこともなげに断った。


 身を乗り出してカッコつけた手前、バツが悪い絹はもう一度尋ねる。


「あ、あたしになにができるのか、先に話した方がいいか? そうだな」


「いらないです」


 かぶせるように断った。なにかしてもらうことより、知らない人と関わることの方が面倒だ。今いちばんの願いは「帰りたい」である。


「会長、しやーせん!! こいつちょっと常識が通じなくて、俺も手こずってるんすよ!!」


呵呵かか、いいじゃねえか躑躅つつじ。若ぇもんはうなぎみてえに、簡単につかめねえもんさ」


 躑躅つつじのおかげで少し調子を戻した絹は、独特な笑い方をしながらソファに背中をつけた。


「しかし吐いた唾は飲み込めねえな。いつでもいい、頼みてぇことができたら、この絹を訪ねるがいいさ」


「了解です。話が終わったなら俺はこれで」


「待ちなァッ!!」


 やっと帰れると思った矢先に引き止められて、李津はわかりやすく眉をひそめた。


 躑躅つつじもフォローすると言ってたのに、頼れそうもない。イラつく李津だが、絹の顔を見てギョッとした。


 鬼気迫る、という言葉がピッタリな表情で絹は言葉を続けた。


「話はこれだけじゃねえんだ。ウチにも面子メンツというもんがあってね。人目の多い場所でウチの若ぇのがやられたってなると、他のモンに示しがつかねえんだ。黙って帰すわけにはいかねえ」


「? でも悪いのは躑躅コイツだし、その件ではもう和解はしてるけど。なあ?」


「あ、ああ。そうだけど……」


「てめぇらはそうだとしても、ウチには関係ねえ!!」


「……躑躅つつじ、おまえなんの組織に入ってんの?」


「組織っつか、生徒会で面倒になってるというか」


「??」


 日本の生徒会って、そういう感じなのか? 首をかしげる李津に、絹の眼光が突き刺さる。


「ケジメと言っても形だけだ。ちょっとあたしの相談を聞いてくれねえか」


「断ります」


 今度こそ立ち上がり、李津は生徒会長を見下ろした。


「なんなんだ、そっち都合で呼び出して、因縁つけて勝手なことばかり言って。さっきのなんでも願いを聞くってやつ、『俺に構うな』にするわ」


「ああ? 待ちなァ! てめぇコラァ、りの字・・・ィィィ!!」


 ドスの効いた声が室内に響いた。生徒会室とは思えない異様に重い空気が、肌にピリピリと突き刺さる。


「1年の富永久恋愛クレアと山本笑留ニコル。名前は知ってるな?」


 もちろん、つむぎをいじめていた二人の名前を忘れるはずはない。李津の下ろしていた指がわずかに動いた。


 その反応だけで確認は充分だとばかりに、うなずいて絹は続ける。


「お嬢さんらがしたことはあたしの耳にも入っている。かなり過ぎたことをしていたらしいじゃねえか。だけどな」


 絹は再び体を前傾に倒し、指を組んで李津を見上げた。


「逆に、彼女たちが誰にどうやって・・・・・・・何をされたのか・・・・・・・も、ぜんぶあたしの耳に入って来てンだよ」


 李津の瞳が揺れた。


 どこで情報が漏れたのか。セキュリティ対策は万全だったはずだった。


 ひとつ思い当たるとすれば、ニコルのスマホのデータを抜いた瞬間だ。誰かが見ていたのか。李津の顔はこわばった。


 バレた原因を探らないと、ここ以外にも李津がやったことがバレてしまう恐れがある。


 カマをかけているとは思えないほど堂々としている目の前の女子生徒を、初めて李津は恐れた。


「ご、ごめん。俺がしゃべっちまった……」


「おまえかよ!!」


 シンプルに内部密告クソワカメのせいだった。


呵呵かか、そういうこった。さあさあ、あたしがついうっかり他人にゲロっちまう前に、ぜひとも相談に乗って欲しいもんだねえ。りの字・・・?」


「…………」


 ここまですべて出来レース。


 躑躅つつじの好感度がちょっとだけ下がった李津だった。




 

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