うちのチンピラが世話になったらしいじゃねえか



「李津〜!」


 そんな有宮家のお昼の団らん中、珍しく声がかけられた。いわずもがな李津を李津呼ばわりするのは学内で一人しかいない。


「あ、躑躅つつじさんだ」

「こんにちは〜」


「おう莉子ちゃん、つむぎちゃん、今日もかわいいな。ああ、それで李津! マジですまん、ほんっとうにすまん! わりと面倒なことになった!!」


躑躅つつじ、声がデカい」


「とりあえず一緒に来てくれ!!」


 乱暴に肩を掴まれて、李津はげんなりした。


 血相を変えて教室に飛び込んできた強面こわもて友人ヒゲは、見事にクラスメイトの視線を集めてくれている。


 目立ちたがり屋のヒゲはわざとそういう振る舞いをしているが、目立ちたくない李津は勘弁して欲しかった。


 躑躅つつじに付き合うのは面倒だが、ここにいてもいい見せ物になるだけである。癪だが、李津はこの場から離れることにした。


「じゃあ、今日のランチはここで。解散」


「あっはい」


「おにーちゃん、いってらっしゃい〜♡」


 律儀に妹たちへ解散を告げて、李津らは教室を出て行った。




 ◆




 躑躅つつじに連れて行かれた部屋のプレートを見上げて、李津は眉をひそめた。


「生徒会室……?」


 どうしたって躑躅つつじには似つかわしくない部屋である。


「いいか李津、俺もなるべくフォローするから、気張れよ!?」


「どういうことだよ」


「失礼しやーっ! 有宮李津、連れて来ましやーっ!」


「おい、どういうことだよって!」


 人の話を聞かないバカに続いて部屋に足を踏み入れてから、李津は息を飲んだ。


 入ってすぐにローテーブルを向い合わせに、3人がけの革張りのソファが2脚置かれている。


 そして左手奥を見れば職員室用のデスクが集まり、窓際の角には竹刀がまとめて立てかけられていた。


 いちばん上手のデスクの背後には、「不言実行」と筆で描かれた文字が、大きな額縁で飾られている。


 仰仰しい。


 第一印象がそれである。


 なんというか……どこのぞというインテリアである。


 日本の任侠映画も履修していた李津には、生徒会のコンセプトがしっかりと伝わっていた。


「おう、てめえが噂のかい? わざわざご足労いただいて悪かったね」


 額縁の壁を背負うように座っていた女子生徒が、立ち上がって歩いてきた。


 長い黒髪を後ろでひとつにしばった中性的な顔の女子は、切長の瞳で物珍しそうに李津を見回した。日本人形みたいなすべすべの白肌に、血を舐め取った直後のような赤い唇が印象的である。


「……誰?」


 李津は隣の躑躅つつじに尋ねるが、躑躅つつじが答える前に本人が口を開いた。


「あたしは3年の佐蔵井さくらい きぬつぅんだ、お見知りおきを。この学校の生徒会長せえとかいちょうをやらせてもらっている」


 腰を45度に折り、割った太腿に手を置く躑躅つつじの背中を、子どもをあやすようにぽんぽんと叩きながら、生徒会長は李津を見据えた。


「有宮李津くん。うちのチンピラがいろいろと世話になったらしいじゃねえか」


「会長! しやーせんッ!!」


 躑躅つつじが腹の底から叫んで、李津は不意打ちをくらって目をしばたたかせた。


 彼女のどっしりとした佇まいには威圧感があり、只者ではない空気をまとっていた。三白眼の黒目は、底が知れないほど深い漆黒である。


「まあ、ひとまず座りな。それからナシつけようかい?」


 絹は半身を引くとニイッと笑みを浮かべ、あごで革張りのソファを示すのだった。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る