おにーちゃんを悪く言うのは違うよねぇ?

 翌日になっても、富永とみなが久恋愛クレアと安田笑留ニコルは険悪だった。


 HR前の1年2組では、二人がそれぞれの席で不貞腐れており、不穏な空気を醸していた。


 いつもと空気が違う、というのは、周りの生徒らにも言えることであった。


 昨日のLINEの内容はすでに多くの生徒に出回っていたし、ニコルのSNSのスクショもばら撒かれていた。


 なんとなくしか事情を知らないクラスメイトたちの気持ちはひとつ。


 ――この二人、何があったん!?!?


 そんなワクワクを抑えられない好奇の目も、カーストトップの彼女たちにとっては屈辱的だった。おかげで苛立ちは三割り増しだ。


 プライドが高い彼女らはいかにも「周りは気にしてませんが?」という態度でスマホを触っていた。これが見ていて痛々しく、余計に生徒たちの気持ちを盛り上げていたことを、彼女たちは知らない。


「おっす〜」


 そんな禍々まがまがしい空気を破るように登校してきたのは、クラスのガチムチ系イケメン山川翔也だ。


 刹那、ニコルとクレアの死んだような目が光を取り戻した。席を立ち、翔也へと詰め寄ったのは同時である。


「翔也聞いてよ! ニコルが最低なんだけど!!」

「助けて翔也! クレアがありえないって!!」


 翔也の前でバッティングした二人は我先にと主張し合う。


 溜まっていたストレスをぶつけるように、キーキーワーワー。


 そんな彼女たちを、翔也は存外冷たい目で見下ろした。


「つか、迷惑なんだけど?」


「「!?」」


 翔也の嫌そうな態度に、彼女たちはショックを受けた。


 なんだかんだ味方だと思っていた。いつメンじゃなかったのか。なんなら処女を捧げた女だっている。


 しかし翔也はなんら良心を痛める様子もない。


「俺らもう高校生じゃん。もっとネットリテラシーに気をつけたら?」


 だいぶ辛辣である。


 動揺したニコルは茶髪ギャルを押しのけ、翔也の腕にしがみついた。媚びた甘い声で、懸命に弁明する。


「違うの! あれは全部クレアがやったことで、ニコはハメられただけだからっ!」


「はあ? 嘘つき女! 身内に犯罪者がいるのは本当でしょ!!」


 地雷系の抜け駆けに、当然ブチ切れるクレアだ。もちろん黙っているわけもなく、あろうことか、相手がいちばん嫌がる燃料を投下。


「だからてめえ!! このゴリラ女があああああっ!!」


「おまえも鏡見てモノ言えよ!!」


 おかげで松ヤニをくべた焚き火のごとく、怒りの炎は燃えに燃えた。


 登校早々、いちばん関わり合いたくない喧嘩に巻き込まれた翔也である。うんざりだといった様子で、掴み合う二人から体を離した。


「あーあ、うるせぇ、あっちでやれよ! あと気安く触んな、セクハラだからな!」


 好きな人からの拒絶に、地雷系は世界の終わりのように絶望した。うなだれて思考停止、戦意は喪失した。


「おまえには普通に萎えたわ」


「萎……っ!?」


 茶髪ギャルには、イケメンから軽蔑のプレゼントを。


 即座にSNSの写真を見られたと悟り、クレアは茹で上がったように真っ赤になった。


「お、女の子のルッキズムにとやかく言うなんて最低だわ!」


「おまえらが有宮に言ってたことだろ?」


「あああっあの化け物と! 一緒にしないでよっ!!」


 クレアが指を差す方には、事情がわからずキョトンとしている美少女がいる。「どっちが化け物だよ」と生徒の誰かがつぶやき、笑い声が上がった。


 羞恥と自尊心の瓦解がかいで、クレアの指先はぷるぷると小刻みに震えた。


 このままでは、カーストトップの座からの転落待ったなし。


 いちかばちか、クレアはターゲットをつむぎに変えた。


「全部!! あんたのせいよっ!!」


「ひえぇっ!?」


「だってそうでしょ、お化けのくせに気持ち悪いのよっ!!」


 うるうると瞳を潤ませるつむぎに、クレアは手応えを感じた。


 このまま大きな声で押しつけて、有耶無耶にすればいい。長い髪をかきあげて、お得意の嘲笑を浮かべる。


「あんた、お兄さんもド陰キャでぼっちなんでしょ? 噂が1年まで届くなんて、よっぽどキモいのね!! 陰キャはうつるし、人権なんてないのよっ!! 兄妹揃って消えれば……っ!?」


 全てを叫び終わる前に。


 ドンっと突風に押され、クレアが後ろに飛んだ。


「いたっ。え、なに……えっ??」


 翔也とニコルは、ひとりで勝手に転んだクレアに冷ややかな視線を向けていた。


 周りの机を巻き添えにして尻もちをついた彼女は、理解が追いつかずに目をぱちぱちとしばたたかせた。


 一体何が起こったのか。


 窓は開いている。


 だが、外からの風ではなかった。


 風というよりも。


 誰かに突き飛ばされたような・・・・・・・・・・・・・――。




「大丈夫?」


 ハッとクレアが見上げると、目の前につむぎが立っていた。


 だが少女は助け起こそうとはせず、首を傾げ、暗い瞳でクレアを見据えていた。


「わたしのことはいいよぉ。我慢できるからぁ」


 悔しいほどに美人だと、クレアは奥歯を噛んだ。


 だけど――なにかが気持ち悪い。


 そう感じた瞬間、身体中に鳥肌が広がった。


「でも、おにーちゃんのことを悪く言うのは違うよねぇ?」


「ひっ!!」


 クレアの顔の真横を再び謎の空気が叩いた・・・


「あなたがわたしを“気持ち悪い”って言うのも、仕方ないなって思っててぇ。だってわたし、憑いてる・・・・から。ねえ、朝比奈さん・・・・・♡」


 なにもいない空間に向かってふわりとつむぎは微笑む。


「ただぁ、今回けっこーキレちゃって・・・・・・てぇ。わたしがこの人・・・を止められる保証はないからぁ。……呪われないように、気をつけてねぇ?」


「な……っ!? あっ、いやああああああああっ!!」


 クレアの全身に、なにかになぞられたような悪寒が走る。


 見えない恐怖に泣き叫び、腰が抜けた彼女のスカートの下で、生温かい水が広がっていくのだった。





 



 

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