【喪前らの好きな百合語れ】

 同刻、ファストフード店の2階席で青春を謳歌おうかしていた近隣高校のギャルが、奇声を上げて注目を浴びていた。


「なにこれ! キモッ!!」


 声の主は黒髪の女子、ニコルである。


「クレア、まずくね?」


「? なんの話?」


「いや、LINE見ろっつの!」


 さっきまで一緒に笑っていたはずなのに、急に不機嫌になった親友にクレアは戸惑う。


 ひとまず言われた通りスマホを開いたところ、みるみるうちに彼女の眉間にもしわが刻まれた。



【喪前らの好きな百合語れ】㊾



 LINEのいちばん上でこのようなグループが、バンバンと通知を鳴らし続けていたのである。


「あたし、こんなLINEグループ入ってたっけ?」


 トーク画面を開いて、クレアは「うわっ」と声を漏らした。


 そのグループで、「Arkadia」という謎の人物が先ほどから「あああああああ」などの意味不明な文章と、スタンプ連打の荒らし行為をしていたのである。


「なによこれ……って、あれ?」


 過去ログへとスワイプしてクレアは目をしばたたかせた。彼女自身が数分前に・・・・、「Arkadia」を招待したことになっていたのだ。


 そしてその人物が、入ってすぐ【イケてるメンツonly!11年s】というグループ名を【喪前らの好きな百合語れ】に変更したことも判明した。


「なに勝手に変なヤツ入れてんの、クレア。先輩らが作ったLINEにそんなことして、ヤバいって!」


「そんなこと言われても知らないっつの!」


「は? でもあんたが【イケてるメンツonly!11年sいけおん!】に招待してんしょ?」


「だから知らないって! やだ、バグ?? つかこれ、あたしが先輩に変に思われるじゃん!!」


 ここまで彼女らが慌てているのも、【いけおん!】は全学年カーストトップ層を中心に集められたグループであり、さらに3年のイケてる先輩に認められた人物しか入れないからである。


 なおクレアとニコルは山川やまかわ翔也しょうやの紹介で招待されたが、高校の合格発表のときよりも喜んでいたという。


 そんな神グループが、自覚がないものの自分が呼んだ人物によって現在進行形で荒らされるのを見れば、蒼白もするだろう。



 ぽこんぽこんぽこんぽこん。



 「Arkadia」から新しい投稿が上がった。


 しかし様子が少しおかしい――今までも十分におかしいのだが――荒らし行為ではなく、無言でデータのみがアップされたのである。


 それをクリックしたニコルは、わかりやすく顔を引きつらせた。


「なん……で?」


 同時に見ていたクレアも愕然とする。


 次々に投稿される写真は、ニコルが・・・・靴箱に泥を突っ込むところや、ニコルが・・・・つむぎの机を蹴飛ばすところなどが連写になっている。


 動画の方も隠し撮りだった。ニコルが・・・・つむぎに暴言を吐いているものや、ニコルが・・・・陰口を言っているのが入ったものなどである。


「誰なのこいつ! どうしてあたしだけ・・・・・がやってるみたいになってんの? どういうことだよ、クレア!!」


 彼女が必死になるのも当然だ。


 これを同校のイケてる生徒たち全員に見られたとなると、ニコルの学校生活も、今まで通りにはいかないだろう。


 怒りと焦りは自然に、同罪のくせに無傷なクレアへと向いた。


「ちょ、あたしが知るわけないでしょ!」


「あんたがグループに誘ったヤツだろ!」


「だから知らないって!!」


「嘘つくんじゃねーよ!!」


 パンッと乾いた音が響いた。


 頬を押さえ、ショックに呆然としているクレアに向かって、ニコルは瞳に涙を溜めて声を絞り出す。


「ならどうして……あんたにだけ話したニコの兄さんの話・・・・・まで書かれてるの!?」


 信頼していたからこそ、クレアだけに打ち明けた秘密――。


 それは、ニコルの兄に逮捕歴があるということ。


 事件後、近所の人からの嫌がらせや誹謗に、一家は夜逃げ同然に引っ越さざるを得なかった。


 「犯罪者の妹」という目で見られたニコルの心はボロボロだった。そんなとき、やっと一緒に笑えるクレアという友だちができて、ニコルはどれだけ救われただろうか。


 この重大な告白は彼女クレアにしか言っていない。


 なのに謝りもせず、青い顔で張り子の虎のように首を振るだけのクレアに、ニコルは机越しに掴みかかった。


「それに『首謀者Nは被害者少女のヘアピンを踏んで壊した上に、突き飛ばして怪我を負わせた』ってなに? 踏んだのあんただし、ニコ関係ないじゃん! なんであたしだけっ! これ、みんなに見られちゃってるじゃん、どうしてくれんのよ!!」


「待って、あたし本当に知らな……っ」


 二人のスマホが再び机の上で忙しく震えた。


 嫌な予感に各々のスマホに飛びつき、新たな投稿に唖然とする。


 そのあと耳まで真っ赤になったのはクレアだった。


「ちょっ、あんたこそなによこれ! 仕返しのつもり!?」


「はあ? 意味わかんない!」


「わからないって、あんたの陽スタでしょ!!」


 止まらない通知は、写真特化型SNS「陽スタグラム」からのいいねである。


 ニコルの陽スタのトップページには、半目や二重顎、鼻毛など、クレアの事故画像が100枚以上並んでいた。しかもすべてにタグ付けされていたため、クレアにも通知が届いたというわけだ。


「なっ、なんであたしの写真を勝手に投稿してんの!?」


「ぷっ……あ、ちがっ」


「なに笑ってんだよ!!」


「の、乗っ取りだよ!!」


 投稿した覚えのないニコルは慌てて否定するが、つい数分前に一方的に責められたばかりのクレアだ。頭に血がのぼり、いつもならいちばんに味方なるはずのニコルの話を素直に聞けない。


「乗っ取り? これ、あんたと一緒に行ったライブだよね。撮ったのあんたじゃん!!」


「あたしが撮ったやつだけど、いっぱい撮れば事故ることもあるじゃん! 本当にニコじゃない!」


「違う人がやったとしても、他人にこの写真を渡したってことでしょ!? もしかして……さっきのLINEも自作自演? 被害者ぶって、あたしをおとしめるために、お兄さんのこともネタにしたんだ? あんたすごいね、騙されるとこだった!」


「はあああ? ざっけんなよ!! あたしの秘密をそんな軽く思ってたんだ!? てかずっと言おうと思ってたけど、おまえ調子に乗って翔也とヤッてんじゃねーよ! ニコはガチで好きだったのにっ!」


「あら知ってたの? 無理よ、翔也あんたみたいなのタイプじゃないから。本当に好きなら、男ウケ悪いそのピアスとかさー、なんとかしたら?」


「てめえええっ!!」


 とうとう立ち上がって取っ組み合う二人に、2階席にいる客たちが一斉に息を呑む。


 ――さてこの騒動。


 種明かしというほどでもないが、全て有宮李津らが仕組んだことである。


 つむぎの様子が変だった翌日から理由を探り、いじめ首謀者の弱みをじわじわと収集していたのは、先の山川翔也らを鎮圧した件でも明らかだろう。


 そこでは、クレアとニコルの情報収集もご多分に漏れず。


 例えばニコルの「クレアだけに打ち明けた秘密」については、彼女がマクドナルドで喋ってるところを、影の薄い李津が聞き耳を立てただけである。


 クレアの事故写真は、体育で更衣室に置いていたニコルのスマホデータをコピーして手に入れたもの。


 クレアがLINEに招待した「Arkadia」は、もちろん李津のネッ友・アルのことだ。これはアルのPCからクレアのLINEにログインし、自分をグループに招待している。クレアのLINEパスワードの入手について、「個人情報ガバガバのセキュリティーを突破するなんて、イーズィーなんだけど」とはアルの談だ。


 本日、莉子からの最終通告を聞こうとしなかった彼女たちへ、李津からアルへ作戦のGOサインが送られ、すべてが実行された――というのが全貌である。



 掴み合っての激しいキャットファイトは、周りのテーブルを巻き込みながら最高潮へ。


 5分後、彼女らは町に唯一のマクドナルドを出禁になり、エモい青春を作るはずだった場所をひとつ潰されたのだった。





***

(画像はノートに掲載)

https://kakuyomu.jp/users/asamikanae/news/16817330658284234924


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る