へえ、すっごい性癖(LINEトークあり)
ガシャっと、バスルーム特有の蛇腹扉が開く音に李津は体をこわばらせた。
「こっちぃ〜。段差あるから気をつけてぇ〜」
視界を隠されたまま、つむぎに手を引かれて風呂場に連行される。どちらが介助されているのか疑問な光景だが、これからが彼の仕事である。
「えっとぉ、おにーちゃんはそこに座ってぇ」
「はい」
言われるがまま座して待てば、今度はシャーッと、シャワーヘッドからお湯が流れる音が聞こえた。
むっとたちのぼる蒸気のにおいのあと、水滴が肌に付着するのを感じる。
目が見えない分、他の感覚がギンギンに鋭くなっていた。
緊張しながら待て状態。
見えないが、全裸の女の子が目の前にいる。
シュレディンガーの妹である。
「シャワーってさ、『シャワー!』って音がするからシャワーなのかな!?」
「おにーちゃん、うるさいぅ」
「ごめんなさい」
普通に今のは李津が悪かった。
「体洗うのでぇ、おにーちゃん、腕支えて?」
「了解した」
彼女の右腕を少し高い位置で支えて固定。殿下に献上する貢物のように、うやうやしく両手を使って掲げてやる。
正直、今の言葉で李津はホッとした。
妹が無邪気に「体を洗え」と言ったらどう説得しよう、などと考えていたところである。さすがに、つむぎも全身をまさぐられるのは抵抗があるらしい。
しかし李津が安心するのも束の間、ボティタオルが擦れる音とせっけんの香りが室内に充満することで、再び五感がフル稼働。
あっ、なんか今、いろいろとすごそう。
心の置き場がわからずに内心
「あのぉ、背中を洗いたいんだけどぉ」
「はい! よろこんで!」
従順なしもべは大衆居酒屋よろしく返事し、手探りでタオルを受け取ると背中を探しあてた。
タオルを押し付ける。やわらかくて小さな身体だった。
接触して変な気持ちになったらどうしようと心配だったが、意外にも飛び出してきたのは「華奢すぎて壊しそう」という不安だった。
この状況できちんと兄ができている自分、鬼えらい。
大いに自信を取り戻した李津である。
心に余裕が生まれれば、かわす言葉も軽快だ。
「なあ、おまえ背中ちっこいんだな」
「そうかなぁ? あは、くすぐったい〜」
「おうおう、くすぐったがれ」
「や〜だぁ〜。……んっ」
ぱちん!
今度はきちんと平手が頭部にジャストミート。
「だから変な声を出すなて! もう終わりだからな!!」
つつけば触覚を引っ込めるカタツムリのように、お年頃男子の心の余裕は一言でしぼみかねないほど繊細なのである。女子諸君は重々気をつけていただきたい。
「うぅ〜。わざとじゃないのにぃ〜。次、シャンプーもお願いしていい?」
「……はいよ」
手のひらの上に、液体が注がれた。
もう頭の位置はわかっている。手を伸ばし、つむぎの頭を鷲掴みにした。
側頭部からシャンプーをこすりつけて、無言で泡立てる。
両手につかめるほど小さな頭だ。手の周りが泡で満たされるように、彼の心に庇護欲が満ちていく。
「……なあ、つむぎ」
「ん」
これまでと変わって真面目トーンの呼びかけだった。つむぎは不思議に思いながらも、大人しく返事をする。
「俺、ずっと人間関係に失敗しまくってきたからさ。家族になる
シャンプー中、つむぎは喋れない。
だから李津はひとりで話し続ける。
「日本に来て、
「……」
ごしごし。ごしごし。
この体裁の悪すぎる独壇場に、自分が冷めてしまわないように。李津は指先に力を込めた。
「だから俺は、これからもおまえらといい関係でいるために距離を取ろうと思う。だけどな。これは矛盾かもしれないけど。おまえが、妹が苦しい思いをしているのになんでもないように振る舞っているのを見てると、胸が……詰まるんだ」
勇気が引っ込まないうちに。
李津はもう一歩、踏み込んだ。
「俺は頼りないのかもしれない。責任は自分で取れとも言った。けどさ、おまえが抱えている困難を、少しくらいは引き受けたいと思うんだよ」
「っ!」
つむぎは驚いて頭を振り切った。そのまま出しっぱなしで固定していたシャワーに頭を突っ込む。
李津が少し待っていると、シャワーの音が止まった。
つむぎが振り向いたことで胸元にしずくが飛び、李津は顔を上げた。
「……おにーちゃん、もしかして、知ってた?」
「うん」
「そっかぁ〜…………」
つむぎは苦しそうに胸を押さえて、唇を噛んだ。
長い間があった。目の縁を拭う仕草をして、つむぎは再び目隠しの李津へと向き直る。
「あのねぇ、頼りなくないんだよぉ?」
「じゃあどうして、俺にはなにも話してくれないんだ」
「それはぁ、おにーちゃんだからっていうかぁ」
少し言葉を考えて、つむぎは李津を見上げた。
「おにーちゃんに、わたしのそーゆう恥ずかしいとことか、情けないとこ、知られたくなかったからだよぉ」
「……え?」
意外な答えに、李津は固まる。
「わたし、おにーちゃんにもらったピンをねっ。大事にしてたの。毎日こっそり帰り道につけて、幸せな気持ちになってたのぉ」
つむぎも顔が見られないからこそ、素直に話せたのかもしれない。
「なのにぃ、誰にも触られたくなかったのに。無理やり取り上げられて、壊されちゃった……。腕の怪我なんかより、もっと胸が痛かったよぉ」
下を向くつむぎの目から、ぽろぽろと大きな涙がこぼれ落ちて止まらない。
「ごめんね。おにーちゃん」
「それはつむぎのせいじゃないだろ、謝らなくていいから。また一緒に買いに行こうか。な?」
なぐさめるが、つむぎは何度も首を振る。
「だめなんだよぉ。おにーちゃんからの初めてのプレゼントはひとつなのぉ。だから大事にしたかった。10年後も、20年後も。施設に戻ってしまったとしても、ずっとぉ!」
施設という言葉に、李津の胸がずしりときしむ。
「すごく悲しいし、すごく怒ってるよぉ。でもね、わたしはそれでも、誰かに仕返ししたり、傷つけたりするのがこわい」
「なんで? おまえを傷つけるヤツらなのに? その腕も、本当はそいつらのせいなんだろ?」
「それでも、誰かに辛い思いをさせるのが苦しいからぁ。だから、おにーちゃんにどうにかして欲しいなんて、考えたこともなくてぇ……」
つむぎはそれでも、誰も傷つけたくないと言う。
優しさにも限度があるだろうと、李津はこの危うすぎる妹が心底心配になった。
「おにーちゃん」
握られた腕から、お湯とは違う温もりが伝わる。
「もしそんなわたしの、甘すぎる願いが許されるなら――」
嗚咽が混じった声を、飲み込んで。
「
そんな彼女の渾身の願いを、捨て置けるはずがない。
「……俺は、有宮家の
李津はつむぎの腕を気遣いながら、ゆっくりと身体を引き寄せる。
「おまえがそう願うなら、必ずなんとかする」
「ひうぅっ!!」
強く抱きしめれば、つむぎが妙な声を上げた。背中に氷を転がしたような悲鳴である。
「……おに、おにおにおにおに、おにいい、ちゃああんっ?」
李津の手のひらに、抱きしめた背中がぺたりと張り付く。同時、胸元にはもにゅっもにゅっと気持ち良い弾力が。
……なるほど?
李津はハグした妹の背中をペチペチと叩き、その感覚を確かめてから。
「どわあああああああああああ!!」
叫んだ。
見えなくて忘れていたけど、あちらさんはフルヌードである。
こちらさんがパンツを穿いていたのは天の助けか。
「うぇえ〜〜〜〜〜〜!? ひどいぅ! なんでおにーちゃんが悲鳴あげるのぉ〜〜〜〜!?」
「こ、こっれはちがっ……!」
「なにが違くて、これはどういう状況なんですか」
「あっ、莉子ちゃん」
「!!!」
李津の背中にひんやりとした外気が当たる。
蛇腹扉が開いた彼の背後、そして彼女の目の前にはもう一人の妹が仁王立ちしていた。
見えなくても、なぜか生きた心地がしない李津である。
「莉子!? 誤解だから! ほら、目隠ししてるしっ!」
「へえ、すっごい性癖」
「性癖とかじゃねえよ!!」
「じゃあなんで裸で、密着してたんですか!?」
「まっ、間違えたというか?」
「こんなのどう間違えるってんですか! あたしだって間違われたことないのにっ! はい、処します。外に出ろ」
「は? え? ちょ! うわああああ助けてくれ!! つむぎ!!」
言い終わらないうちに、莉子は李津のパンツを掴むと、バスルームから引き摺り出した。
直後、目の前で扉が勢いよく閉まるのをポカンと見送るつむぎだ。
「……もぉ。帰ってくるの早いよぉ、莉子ちゃん〜」
口を尖らせているのを見ると、どうも反省はしていないようである。
【LINE】
>#りつりこむぎこ
rico♡
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ごめんなさい!
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16:49
rico♡
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買うの小麦粉となんでした
っけー
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16:49
rico♡
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好きなメーカーとかあるの
カナ!?
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16:50
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うわ、オジサン構文みたい
になってますね笑
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16:51
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ナンチャッテ!(爆)
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16:51
【電話】16:52
rico♡
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え、死んでます?w
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16:53
【電話】17:00
rico♡
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おまえら一体なにしてる
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17:01
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おい
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17:01
【電話】17:02
【電話】17:04
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でんわでろ
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17:04
rico♡
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すぐかえる
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17:05
(画像はノートに掲載)
https://kakuyomu.jp/users/asamikanae/news/16817330656436105358
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