シャワー手伝ってくれるぅ?

 ◆




「つむぎ!」


「大丈夫!? むぎ!」


 病院の処置室から出てきたつむぎに、李津と莉子が駆け寄っていく。


 あのあと、偶然車で通りかかった親切な主婦が畑に倒れているつむぎを発見。病院まで運んでくれていた。


 まだ学校にいた兄妹は、各自その連絡を教師から受けた。二人ともすぐに病院へ向かい、ソワソワしながら待合室でつむぎを待っていたのである。


 二人に気圧けおされるつむぎだが、すぐにばつが悪そうにした。


「転んだだけなんだけどぉ、ほんのちょっとだけヒビが入っちゃったみたいでぇ。それより、二人とも心配かけてごめんねぇ?」


 痛々しく吊った左腕の三角布に、李津と莉子は顔をしかめた。莉子はほぼ泣きかけている。


「ああっ、痛かったですね! もう、どうしてこんな……っ!」


「莉子ちゃん、ごめんねぇ」


「おまえが謝る理由はないです、バカぁ!」


 抱きつく莉子に、つむぎもじわりと涙を浮かべる。


 そんな二人から一歩離れて見守っていた李津は、安堵と呆れのため息をついた。


「まったく。おまえさ、あんななにもない場所でひとりで転んだ・・・・・・・って? どれだけ鈍臭いんだ」


「ひへぇ。やっちゃったぁ〜」


 訂正することなく、つむぎは苦笑いで全てを飲み込むのだった。




 ◆




「え、でもぉ〜」


「いいから! 足りないのは小麦粉と卵と牛乳でしたっけ?」


「俺が行くよ」


「いえ、あたしは料理ができないので買い物くらいさせてください! 行ってきますっ!」


 帰宅後、利き腕を負傷したつむぎが夕飯を作れるはずもなく(作ろうとして二人が止めた)、しばらくの料理は李津が引き受けることになった。


 前述のやりとりがあり、足りない食材は莉子が買い出しに出てくれたが、その間、米を研いで簡単なサラダを作れば、李津にできることは15分で終わってしまった。


「やっぱり買い物も行けばよかったな」


 手が空くと、買い出しに行った莉子が気になってしまう。


 日は暮れているし、女の子だけで歩かせるのは心配だ。


「あの、おにーちゃん……」


「ん?」


 李津がモヤモヤと考えていると、制服の裾が遠慮がちに引かれた。


 つむぎはもじもじと、何か言い出しづらそうにしている。


「どうしたつむぎ? 食いもんの手順違ってた?」


 頬を赤く染め、ふるふると首を振ってから、つむぎはぽそりとつぶやく。


「着替えたいかもぉ……」


「えっ!」


 そういえば二人とも制服のままである。


 そして当たり前だが、つむぎは片腕を吊っている。


「あとぉ、泥がついてるからぁ、できればシャワーも浴びたくてぇ」


 彼女の顔色を見て、何が言いたいのか察した。


 ド ン ッ ! という効果音を背負った気がする李津だった。


「あーうんうん、わっわかるよわかる、本当だな、泥まみれだもんなー。でも俺は男だし、莉子が帰ってくるまで待てたりしないのかなぁ?」


 と、李津の舌の回りは絶好調だ。


「制服も早く洗いたくてぇ。シャワーも手伝ってくれるぅ?」


「…………」


 恥ずかしさを我慢して、お願いするつむぎの顔はもう耳まで真っ赤だった。


 泥んこ状態が気持ち悪いのもあったが、それだけではない。


 先日、李津と同衾どうきんした莉子だけに抜け駆けさせられないと、ど根性を出した結果である。


 キスしている時点でつむぎのほうが大胆な接触をしているのだが、なにも知らないつむぎは陽キャな莉子こそ、もっとどえらいことをしていると思い込んでいた。


 李津、兄として、そして男として試されている。


「――わかった。でも裸が見えるんだぞ?」


「それはダメぇ」


 それはダメだった。




 ◆




 脱衣所で、頭の後ろでピンッと手拭いを縛って気合いを入れる。


 目隠しをした状態で上半身裸、下は短パンを穿いた李津が、洗面所で仁王立ちをしていた。はたから見るととても愉快な光景になっている。


「わらう〜」


「手拭い取ろうかな」


「ごめんなさいぃ〜、よろしくお願いします」


「まったく……」


 ゆっくりと手を伸ばせば、すぐにぷにっとしたつむぎの素肌に当たる。


「ひうっ」


 つむぎが声を漏らして、手を引っ込める。


(う、やわらか……どこ触ってるんだ俺?)


 いかんせん、自分の体と触り心地が違うのだ。全くどこに触れているのか見当がつかず、手を動かすのをためらう。


 伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込め。箱の中身はなんでしょうゲーム状態である。


「あっ、んんっ……ひゃうっ」


「っ!? なんて声出すんだコラーーーーっ!!」


 大きく平手でツッコむが、見えないので盛大に空振った。


「うえぇ〜。だってぇ〜、変なとこ触るからぁ〜」


「わっ、わからないんだから仕方ないだろ! 我慢しろよ!」


「おにーちゃんが耳栓すればいいと思う〜」


「五感をことごとく封じようとするな! ほら、俺の手のところに肩を持ってこい」


「わ〜、天才〜」


 二人でうんうんやって、服を脱がしていく。


「最後は下着だけどぉ〜」


「しっ、下着っ!!?」


 李津の手は痙攣していた。


 否ッ、これは武者震いである!


 かの高名な「ブラジャー」――こちらは初見さん殺しの代物だと聞く。


 慣れている男は、その姿を見ずとも魔法のように一瞬で外せると伝えられている。そう、まさにこの状態目隠しでも、だ!


 だが李津のような初心者ビギナーが外そうとすれば、悲しきかな、事故不可避ッ!!


 しかしッ!


 男には、負けるとわかっていても戦わないといけないときがある。


 99%の絶望が待ち受けようとも1%の可能性があるのならば、手を伸ばさねばならぬ!


 それが、男たちが憧れたヒーローの宿命だからだッ!!


「下着は片手で脱げるのでぇ、大丈夫〜」


「アッハイ」


 李津のブラジャー貞操、はからずとも守られてしまった。完ッ!!






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る