ちょっとヤったからってウザいんだけど

 翌朝。1年2組では、ちょっとした小競り合いが起きていた。


 その中心は、イケメン山川翔也らカーストトップグループである。


「悪いけど、あいつ……有宮は先輩のツレだから、俺らは手を引く」


「はああ?」


「なっ、なにそれ、ダッサ!!」


 神妙な面持ちの翔也に、動揺して声を裏返すのはクラスのギャルたちだ。


 翔也は「先輩のツレだから」などと言うが、つむぎが美少女だからじゃないのか。


 ギャル二人は猜疑心さいぎしんにモヤつき、いつもの高圧的な態度にもほころびが見えた。


「だからこれも回収っす」


「あ、ちょっ!?」


 振り返ったクレアの長い茶髪が宙を舞う。


 彼女がつむぎの席に嫌がらせに置いた花瓶も、別の男子にすみやかに持ち去られてしまった。


 続いて、教室の前のドアから男子生徒が飛び込んでくる。


「靴箱もオッケー!」


「おう、ごくろーさん」


「机周りヨシッ! ロッカーも問題ナシッ!」


 男子4人によって、さくさくと安全確認がされていく。


 イケてる男子グループが手のひらを返し、つい先日まで一緒にオモチャにしていた有宮つむぎを姫扱いするのを見て、カーストトップのギャルらはこれ以上黙っておけるはずがない。


 わなわなと身体を震わせながら、クレアは翔也に詰め寄った。


「なんなのよ翔也! 先輩よりあたしを大事にしてよ!? だってあたしたち――」


「あのさ、ちょっとヤったからってウザいんだけど。俺ら別に付き合ってもないし」


「っ!?」


 耳元で告げられた冷たい言葉に、クレアは青ざめた。


 嘘でしょ、あたし初めてだったんだけど。えっ、いっぱい「ちゅき」って言ってくれたよね? とか、そんな顔である。


 しかしツイッター大学の論文によれば、性交渉中の男性がパートナーへ送る言葉の精度は通常時よりも格段に落ちる傾向にあり、さらに達した瞬間のIQは2(サボテンのIQと同等)まで低下するという結果が出ている。そのため同論文では「行為中の男性の言葉の9割はフィクションである」と結論づけている。なおこちらファンタジー作品であるため、疑問異論、マジレス、日本語崩壊への重箱つつきは認めないとする。ご意見ご感想と星評価は随時お待ちしております。


「最低っ! もういい! いこ、ニコル」


「ん? どうしたのよクレア。これ許していいの!?」


「とにかくっ、今日はいい!」


 涙目のクレアは、またしてもなにも知らないニコルの手を引き、つむぎの席から離れた。後方の自分の席に着くとわざとらしく音を立てて座り、周りの生徒たちに気を遣わせている。


 そんな剣呑な空気が流れる1年2組。教室の前のドアへと、ひとりまたひとりと、自然に視線が集まっていった。


 噂の中心人物が、ビクビクしながらのご登場である。


 翔也たちはつむぎに関わるなと釘を刺されている手前、あいさつすら交わすことができない。蜘蛛の子を散らすように彼女の席から遠ざかった。


「??」


 一方、なにか教室の雰囲気がおかしいのはわかるが事情を知らないつむぎは、首を傾げながら席につく。


 机周辺を調べて異常がないことホッとし、もう一度、異常がひとつもないことに首を傾げた。


 それを後ろから睨みつけ、奥歯をぎりりと噛むのがクレアとニコルの両名である。


 彼女たちの憎しみはヒートアップしていく。




 ◆




 躑躅つつじが翔也たちに据えたお灸は、その後も絶大な効果を発揮した。


 つむぎには見えざる守護がつき、嫌がらせは本人の関知しないところで次々とスルーしていく。


 代わりに彼女の歩いたあとに多くの犠牲が横たわったが、やはり本人は知るよしもない。



 だがそれも、男子の目が届く範囲だけのこと。


 校外まで手厚くもてなされているわけではない。




 ◆




「有宮さぁーん」


 学校からの帰路、半分ほど帰ってきたところでつむぎを呼び止める声があった。


 左右に畑が広がる開けた道のど真ん中。


 まだ呼ばれ慣れない苗字にワンテンポ遅れてつむぎが立ち止まると、自転車が前方に回り込む。


 荷台からクレアが軽やかに飛び降り、つむぎの前に立った。後ろで自転車のハンドルを握るのは相方のニコルである。


「え、なにそれ」


 おしゃれなニコルがめざとく見つけたのは、つむぎの耳の上に飾られたヘアピンだ。李津にプレゼントしてもらってから毎日、こっそりトイレでつけて下校するのが彼女の日課になっている。


 以前のつむぎであれば浮いていただろうパールピンだが、今は黒髪によく映え、顔面の強さともバランスがいい。ニコルたちを無条件にイラッとさせる種には十分だった。


「ちょっと見せてよ」


「これはちょっとぉ〜」


 つむぎはヘアピンを守るように手をかざすと、後ろに下がった。


 珍しく彼女が抵抗したことに、手を伸ばしかけたクレアは目を光らせた。


 肉食動物が獲物を見つけたときと同じ眼光である。

 

「いいじゃん、減るものじゃないんだしっ!」


「痛っ、返してぇ!」


 無理やり髪の毛を引っつかんで、クレアはまんまとピンを取り上げた。


 てっきりブランド物かと思えばロゴも入っていない。


 しかも少し力を入れれば簡単にゆがむ粗末な作りである。


「なによ、全然安物じゃない」


 つまらなさそうにヘアピンをつまんで弄ぶクレアに、生きた心地がしないつむぎだ。


 いつも帰ったらきれいに拭いて、缶ケースの中に入れて保管して誰にも触らせていない。莉子ですら、「ちょっと見せてよー」と言いづらいほど大事にしているものなのだ。


 青ざめるつむぎに、はからずも弱みを握れた気がして溜飲が下がる思いのクレア。


 最近調子に乗っているコイツのせいで、翔也にもそっぽを向かれてしまった。


 この女だけ無傷なのは許せない。やり返す権利は十分にあるだろうと、ニチャリ。


「ほら、返してあげるわよ」


 見せつけるように、ヘアピンをつまんでいた手をパッと開いた。


 地面に落ちたのを狙って、強く足で踏みつける。その瞬間、つむぎが声なき悲鳴を上げた。


 クレアが足を引くのと同時につむぎが地に這いつくばる。


 震える指で拾い上げて手のひらに乗せた宝物は、金具は歪んで外れ、装飾も散散。小さな屑塊と成り果てていた。


「うそ……」


「うそーだってww つか地面に座り込んでバカみたい」


「こいつ、ブレスレットまでつけてんじゃん」


「っ!」


 今度はブレスレットにターゲットが移った。


 初めて自分で選んだ大事な人との親愛のあかし。この人たちは、どうして数少ない自分の宝物を奪おうとするのか。


 大抵のことは我慢しているのに、あんまりすぎる所業。もうこれ以上、踏み込まれたくない。


 手首を隠して立ち上がる彼女にクレアとニコルが詰め寄り、二人がかりでつむぎを押さえつける。


「大人しくしろよ!」


「いやあっ!」


 身をよじらせたつむぎは、ぬかるんだ土に足を取られてバランスを崩した。


 強く体を引かれてクレアたちが思わず手を離すと、そのままつむぎの体だけが畑へと吸い込まれる。


 鈍い音がした。


 そこにいる誰もが、ヤバいとわかる音だった。


「った……っ……」


 倒れた際、ブレスレットをつけた左手を変に庇ったのが悪かった。


 痛みに顔をゆがめたつむぎは、体をかばうように背中を丸めた。


「ちょっと、大げさでしょぉ……」


「もういい、行こっ!!」


 動揺した二人は、倒れた彼女に手を貸すことなく、自転車で来た道を引き返す。


 人通りが少ない田舎道の真ん中で、小さくて荒い呼吸は誰にも届くことなく風に消される。


「……よかっ……たぁ……」


 ボロボロと涙をこぼし、額に脂汗をかきながらも、つむぎはブレスレットが無事だったことに安堵の表情を浮かべていた。







 

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