9話 妹は初めてキレる

大丈夫、かわいいから

 月曜日、登校中の生徒たちが騒然としていた。


 三人で登校する有宮兄妹の姿はもう見慣れたものだったが、本日はいつもとわけが違っていたからだ。


「なあ、あの美少女……誰?」

「いつもキラキラしている莉子ちゃんが、普通っぽく見えるんだけど」

「もしかしてあの隣の子は……いや、まさか?」


 生徒たちの注目は、美しく変身したつむぎへと集中していた。


「ひぇ、やっぱりわたしなんかぁ、もっと端っこの日陰を歩いた方がぁ〜」


「大丈夫、かわいいから。自信持て、つむぎ!」


 半泣きでオドオドするつむぎの背中を李津が押す。


 「ひぁ!」と妙な声をあげて、つむぎは背筋を伸ばした。


「兄、やっぱむぎには甘いですよねー」


 李津にそのつもりはないのだが、莉子ちゃんはジト目である。


「ひえぇっ!」


 そんな通学の最中、つむぎは小さく叫ぶと李津の後ろに隠れた。


 大きな双眸そうぼうの先には、彼女と同じクラスの男子生徒――山川やまかわ翔也しょうやの姿があった。


 学校前の道路で信号待ちをしていた翔也も、登校中の美少女たちに気がついた。かわいい女子とは見知りおきたい、下心満載なガッチリ系イケメンである。


 李津オトコは無視し、品定めをするような視線を女子二人の間で往復。すぐに片方が隣のクラスの有宮莉子だと気づいた。


 とすれば、自然にもう一人の美少女が双子のつむぎだと思い当たり、目をぱちくりと瞬いてアホづらを晒す。


 先週いじめていた化け物が美少女になっているとは、どういう冗談かという顔だ。


 呆然としていた翔也だったが、莉子に睨まれ、挙動不審にスマホへと視線を落とした。


「どうした、莉子?」


「いえ、なんでもないです。行きますよ、むぎ」


「ぴぇ〜」


 そうして人目を集めながらも、三人は無事に登校を果たすのである。




 ◆




 同日、1年2組つむぎのクラスでは、美少女の登場に密かにパニックが起こっていた。


 特に、先日無理やり告白をさせられたメガネくんなど、同類だと思っていた根暗女子が突然あか抜けて口が開きっぱなしである。


「おっす、なにしてんのー?」


 そこに登校してきた事情を知らない男子が、教室の後方に集まった翔也たちに軽い調子で話しかけた。


 しかし揃いも揃って渋い顔で、黙り込んでいて様子がおかしい。


「みんなお化けの背中見つめてどしたん?」


「なんか、あいつ全然雰囲気が変わって……」


「は? なにがだよw 俺がいつもみたいにガツンと言ってくるわw」


「お、おい……」


 尻込みする翔也たちを振り切って、お調子者の彼はいつものように、つむぎの机にわざとぶつかった。


「ひいぃっ!」


「おい! 机が通路にはみ出てんじゃねーかよ、このブ……」


 お調子者は振り返って言葉をなくした。


 涙目で見上げるつむぎは、ブスなんて嘘でも言えない風貌だったからだ。


 ぷるぷると震える姿は、捨て犬のように愛くるしい。


 ガツンと衝撃を受けたのはお調子者の方である。


「……お、俺がよろけたのかも? ごめんねー?」


「??」


 反射的に謝ったお調子者は、翔也の元に飛んで戻った。


「翔也ぁ!? お化けの顔、あんなだったの!?」


「らしいな」


 顔をしかめる翔也へ、聞いていないとばかりに詰め寄る。


「めっっっっちゃかわいいじゃん!? うわ、俺のこと怒ってた? 怒ってたらどうしよ〜〜」


「知るかよ……」


 困惑して、借りてきた猫状態になってしまった男子グループから少し離れて、富永とみなが久恋愛クレア安田やすだ笑留ニコルはふてくされていた。


 前者は茶髪のギャル、後者は黒髪ボブのピアスじゃらづけ地雷系と正反対の容姿だが、どちらもアッパー系でクラスのカースト上位に座している。


 その二人がブスだと格下認定していた女が、急に特級美少女として現れておもしろいはずがない。


 イケてる自分たちも、つむぎとは芋っぽい中学生と有名モデルくらい差があるとは、悔しいけれど自覚があった。


 わかっていれば仲良くしていたのに。


 こんな後出し、マジで反則である。


「ありえねーし。どうせメイクで誤魔化してるんでしょー」


「土日で整形してきた説あるー」


「整形!? ぷ。どんだけ必死なんですかーw」


 必死の悪口もダダすべりである。


 なにしろ、つむぎに化粧っ気がないのは顔を見れば一目瞭然。


 むしろ粉っぽい肌にアイシャドウを塗りたくったクレアへ、「どの口が」というクラスメイトらの視線が突き刺さる。


 さらに「整形して1〜2日で、顔が完成するはずがないだろ」とは一部の女子たちの心の声。


 かわいくなりたいと興味本位でSNSの整形アカウントをフォローしてみたが、術後、トロールみたくボコボコに腫れ上がった自撮りを見て、自分の考えの浅はかさに後悔。痛々しさに震え上がった経験のある女たちは面構えが違った。


 軽々しく整形だと騒ぐギャルらを、うとましげに睨みつけている。


 さすがにギャルたちも、自分たちに向けられた批判的な空気にたじろいだ。


「ふ、ふんっ! ちょっと、しょーやぁ!」


 たまらず、クラスのイケメンを大声で呼ぶ地雷系のニコル。ナメられないよう、権力のアピールに必死だ。 


 呼ばれたガッチリ系イケメンは苦い表情を浮かべながらも、素直にギャルたちの席へと向かった。


「先週さあ、天野がアイツに告ったんだよねー?」


 舌ピアスを見せつけながら、ニコルはニチャアと笑みを浮かべる。これを耳にしたクラスメイトは、彼女の思惑通りざわついた。


「そうだけど……」


 しかし翔也の答えは歯切れが悪い。


 それもこれも、つむぎのビジュアルが彼のドタイプすぎた。


 大人しくて素直だし、おどおどしているのが庇護欲ひごよくをそそる。できれば付き合いたいというのが彼の正直な気持ちだ。


「告白の途中で天野が逃げてさー。なかったことになったんだわ。な?」


 苦し紛れに、翔也は自分たちのグループに話をふった。


「お、おう! そーそー」


「ノーカンになったよなー」


「ダサかったぜー!」


 友人たちの気持ちはひとつ。


 メガネだけにいい思いをさせてたまるか!


 男同士の結束は強かった。


「え、は? ……えええっ!?」


 思わず立ち上がり、振り返るは天野くん。先週は死んでも嫌だと思っていたが、変身した美少女を見て一切忘れていた。むしろ先ほどまで、付き合えると信じて疑っていなかった。


 ゆえに、翔也たちにすがるような視線を向けている。


「なんだよ天野、文句あるのかよ」


「だって、付き合うって……」


「有宮を置いて逃げたのはオメーだろ」


「でも、そんなぁ……」


 そんな話を聞けば、クラスメイトからの天野くんへの評価は暴落の一方である。


「告白中に山川くんたちとカチ合って、ひとりで逃げたってコト?」「カッコ悪〜」「それで付き合えると思ってんの、メンタル強すぎじゃね?」等々、言いたい放題。


 周りの声にどうしても自分が不利だと悟った天野くん。大人しく自席についた。天野くんの春はこれにて終了である。


「ふん、どいつもこいつもつまんねーしっ!」


 腕組みをした茶髪ギャルは、不満の色を隠すことなく翔也へとぶつけた。


「まさか、翔也もあいつがいいって言うわけ?」


 図星である。


「い、いやそういうわけじゃねーけどよ……」


 などとごまかす翔也だが、彼が煮え切らないのも先週末、茶髪ギャルとノリでおニャンニャンしていたからである。


 いつでもヤレる都合のいい女をゲットした今、関係を手放すのが惜しくなってのこの言動だった。


「ちょっとイメチェンしたからってさ、性格は陰気じゃん? 幽霊は幽霊で、気持ち悪いっつーの!!」


 ぷくっと頬を膨らませる地雷系のニコルだ。気になる翔也を意識しての、かわいさアピールである。


 まさか親友に寝取られているなどと夢にも思っていない。


 この場の人間関係が地獄なことは、当事者ら含め誰もが知らないことである。


「ふん。あたしが男なら、あんなやつちょっと遊んで捨ててやるわね!」


「!」


 負け惜しみを吐き捨てたクレアだが、意外にもその言葉は、雷に打たれたように翔也に響いた。


「……そうだよな」


 イケメンは口角を上げた。つむぎのかわいさに腰が引けていたが、自分だって顔面は良い方だということを思い出した。


 自信がみなぎってくる。


 カーストトップとは、クラスの覇者だ。


 クレアが言うように「遊んでやる」という心持ちでいい。


 その意味合いはクレアとは違うが、もう頭の中では、つむぎをどうやって手に入れるかでいっぱいのイケメンだった。




 


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