普通に犯罪じゃね?

 同日の昼休み後半、山川やまかわ翔也しょうやはひとりで校内を歩いていた。


「ったく。有宮はどこでメシ食ってんだ?」


 この男、抜け駆けしようとしていた。


 話は昼食時に戻るが、翔也を含む野郎4人は、顔を突きつけて今後のことを話し合った。


 決まったのは、放課後、有宮つむぎを拉致して、服をひんむいて写真を撮るということである。


 写真で脅して言うことを聞かせれば、クレアやニコルにも顔が立つ。


 その後のつむぎの処置は言わずもがな。エロマンガ的展開、待ったなしだ。


 4人はそんな妄想を膨らませて大変盛り上がった。飯もうまい。


 昼食が終わると、ひとりが若干ソワソワしながらトイレに立った。それを皮切りにひとりが教師に呼ばれていたと教室を出て、ひとりが腹が痛いと保健室へ向かった。


 教室にポツンと残された翔也は、腕組みしたまま天井を見つめて思った。


(――――いや、普通に犯罪じゃね?)


 無理やりキスさせようとしたのがセーフかといえばそうともいえないが、しかし裸の写真を撮るなど、キスとは比較できないくらいにヤバい行為では? 冷静になって、じわじわと不安が増幅する。


 そんな、マンガみたいにうまくいくものだろうか?


 女ひとりを黙らせるくらい可能かもしれない……が、入学したばかりで危ない橋は渡りたくない。退学になったら、親にぶん殴られるどころでは済まないだろう。


 それに乱暴なことをすると、彼女に好きになってもらえる可能性が低くなるのも懸念材料だった。


 あれだけ酷いことをして、まだ付き合えると思っていた。自分のことをイケメンと自覚している男の頭はお花畑である。


 そして彼はひらめいた。


「彼女を危機から救えば俺の株が上がるじゃん!」と。


 仲間を売って自分だけが得をする、最低な筋書きだった。


 ちなみに先週末に濃厚な体液交換をしたギャルのクレアは、すでに彼女候補から外れている。ただし、遊び相手ならウェルカムだ。


 それが、この校内を歩き回っているクズ男の頭の中。善は急げとつむぎを探していたが、なかなか見つからなくて業を煮やしていたのだった。



 成果がなくイラつきながら教室に戻って来た翔也は、机をドンッと叩いてしゃがみ込んだ。


 目をしばたたかせて息を呑む席の持ち主は、メガネくんこと天野である。


「なあ、天野」


「は、はいっ!?」


「有宮どこにいるか知らね?」


「あっあっ、た、たしかっ、2年生のお兄さんといつもお昼をとってるはずですっ!!」


「お兄さん?」


 翔也は今朝、つむぎと莉子の間に陰気そうな男がいたことを思い出す。


「ああー。あいつか」


 笑みを浮かべると、翔也は上機嫌で教室を出て行った。


 震えを誤魔化すために襟元を正す天野くんの後方で、ギャルのクレアとニコルが、一連の様子を眺めてニヤついていた。




 ◆




 聞き込みをして、2年2組に到着した翔也は、クラスプレートを見上げて舌なめずりをした。


 上級生のクラスに行くのは本来気まずいものだが、今朝の様子から有宮兄は陰キャだと確信している。


 翔也は部活に所属していないため、偉ぶる先輩もいない。


 であれば、年上だろうが恐れることはない。


 それは自身が学年の壁をも凌駕するイケメンだからという自信の表れでもあった。


「しつれいしまーす」


 堂々と挨拶し、教室内をぐるりと見回せば、後方に有宮つむぎを捕捉した。


 とてつもない美少女オーラに、あれが自分のものになるのかと気分が高揚する。


 美少女の隣には、思った通り今朝見かけた陰キャもいる。全てが予想通りで、翔也はニヤリとほくそ笑んだ。


 早速友人らの計画をバラし、兄の信頼を勝ち取ろうと翔也が足を踏み出した直後である。


「おう、翔也じゃねえか」


 後方からよく知る声に呼ばれて、さっと翔也の顔色が変わった。


「あっ、に、にのまえ先輩? ちっす!!」


 翔也の4つ上の兄の同級生であり、何度も彼の自宅でも見かけたことのある、にのまえ躑躅つつじが、廊下でポケットに手を突っ込んで立っていた。


 ツーブロックのてっぺんにワカメのようなパーマを乗せ、さらにはおっさん臭いヒゲ面が、まったく学ランに似合っていない。


 そういえばこいつが2年にいたか……と、翔也は小さく舌打ちした。


「翔也、ちょうどよかった。こっち来い」


「あの、俺、ちょっと急ぎの用事が……」


「うるせえな。つべこべ言わずに来ればいんだよ!」


「わ、わかったっすよ。怒鳴らないでくださいよ」


 もう目と鼻の先につむぎがいるというのに。


 すぐにでも話しかけたかったが、田舎のヤンチャな男たちは縦社会である。ここで反発して面倒なことになるくらいなら、先に用事を済ませた方が賢明だと翔也は諦め、大人しく廊下へ出た。


 そのままワカメに隣の教室に連れて行かれたイケメンはぎょっとした。


 教室の後ろに正座していた3人の男子が、一斉に躑躅つつじと翔也を見上げたのだ。


「え、な、なんでおまえらが?」


 死んだ魚の目をしているのは、先ほどまで一緒に昼飯を食べ、たしかトイレと職員室と保健室に立ったはずの、イツメンらである。


「おう翔也。おまえの急な用事はなんだったんだ?」


 隣からポンポンと肩を叩かれて翔也は反射的にイラッとしたが、ふと思い出す。


 この躑躅バカ、たしか女に飢えているともっぱらの噂ではなかったか。


 であれば、こいつにつむぎを狙わせて、自分が颯爽と助ければ。


 ウザい先輩を排除しつつ、結果は変わらずハッピーエンドだ。


 ニィと口元を引き上げて、翔也は答えた。


「隣で昼メシ食ってる、おなクラの女子に用事があったんすよ。有宮つむぎっつーんすけど、知ってます? 鬼美少女なんすわ。よかったら先輩にも紹介しますけど」


「そうか。おまえも、つむぎちゃんに用事なんだな?」


 おまえも・・・・


 翔也は笑顔のまま固まった。正座している他の男子らも半笑いを浮かべている。


「おじゃまっすー」


「おう、李津ぅ! 待ってたぞ!」


 教室に入ってきた男子に、躑躅つつじはうれしそうに手をあげた。


 その男こそ、先ほどつむぎの隣で昼飯を食っていた彼女の兄本人である。


 翔也は理解できなかった。


 どうして目立たないつむぎを、躑躅つつじが知っているのか。


 なぜ、年中ぶっきらぼうな躑躅つつじが、陰キャと人懐っこく話しているのか。


「悪かったな、李津。俺の後輩が迷惑かけてよぉ」


「いいよ、つーくんのおかげで話ができそうだしな」


「つ、つーくん!?」


 翔也は顔を歪めた。


 チンピラに馴れ馴れしいこの陰キャ。マジでなんなのと。




  

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