おにーちゃんって本当に、おにーちゃんだねぇ
そんなこんなで服をお買い上げ。つむぎは李津が選んだフレンチスリーブのワンピースにピンクのカーディガンを羽織って、照れながら店を出てきた。恍惚として、本人もまんざらではないらしい。ほかにも買った数着の服はビニール袋に入れてもらい、李津が持っている。
着て来た服は処分してもらった。ショップのお姉さんが苦笑いしているのを見てショックを受けたつむぎだが、もうそんなことも今は昔。
髪を整え、ファッションを変えた。
つむぎ的には変身した自覚は薄く「莉子ちゃんもおにーちゃんも大げさだよ〜」という感覚だったが、イオンを歩いていると振り返る人の多さにすぐに気づいた。
また自分の存在の気持ち悪さを
そっと周りを伺い、つむぎは驚いた。誰彼から向けられるのは、今まで受けていた痛い視線ではなく、柔和な眼差しなのだ。
立ち止まって呆然とするつむぎを莉子が覗き込む。
「こいつ思ったより顔面強いんで、メイクはなしでもいいですね」
「そういうものなのか?」
出資者代理に問われて、莉子は形の整った眉をしかめた。
「ええ、唇の色も濃いしムカつくほどまつ毛もバサバサしてるんで。これ以上やると制服に顔が浮くから、むしろこのままのほうがいいです」
「そうなんだぁ〜。ありがとう莉子ちゃん〜」
まるで他人事のようなお礼だった。
その言葉を聞いて、李津はずっと気になっていたことを提案した。
「じゃあ最後に、
弾けるように、莉子が兄を見上げた。
考えてみれば、髪型も服も莉子が似合うと思ったものを押し付け、本人の気持ちを聞いていなかった。「もしかして、あたしやっちまいました!?」と、李津へとすがるような目を向けている。
つむぎはつむぎで、慌てて胸の前でぱたぱたと手を振った。
「あのっ! そういうのは、ないのでぇ。わたし流行りとかよくわからないしぃ、莉子ちゃんが選んだものの方が安心だからぁ」
「莉子はセンスがいいし、間違いないのはその通りだよ。でもそうやって人に任せきりにしていたら、自分の好きなものを見失うだろ?」
李津の心配を打ち消すように、つむぎは遠慮がちにはにかむ。
「自分を見失っちゃだめなのは莉子ちゃんみたいな子で、わたしは変わったほうがいいからぁ。おにーちゃんだって、わたしが変わるのを望んでいたでしょ?」
一見ネガティブな彼女の言葉だが、一切の嫌味がなかった。自分が変化しなければならないことを真っ直ぐに受け入れていたのだから。
「わたしも今のわたしに、なにも執着がないのでぇ」
「待て待て、それは違うから」
つむぎはゆっくりと、李津を伺うように見上げる。
「人は、付き合う人や置かれた環境で変わる……と思う。だけどきっと、本質みたいなところは変わらないと思うんだ。莉子は莉子、つむぎはつむぎ、俺は俺で別の人間だ。俺はおまえを全否定したつもりはないよ。つむぎにはつむぎだけの、いいところがあるんだから」
「うえぇ……? そんなのないよぉ」
「あ? おまえ、あたしが羨ましいって言ったこと忘れたんですか?」
「ひえぇっ!」
思わぬ方向から援護射撃が飛んで来て、つむぎの心臓が跳ね上がる。
「あたしが
「……うぅ。でもわたしぃ、好きなもの、本当になくってぇ……」
つむぎは肩をすぼめてうつむいた。
「……選んだこと、ないからぁ」
ぽつりとこぼした言葉に、李津と莉子はハッと顔を見合わせる。
彼女の境遇を考えれば、そうせざるを得なかった可能性にようやく気づいたのだ。
つむぎは、自分の好きなものが選べない。選んだことがないから。他の子に先に譲って、残り物をもらって生きてきたから。
自分の好みにときめくより、周りの子が喜ぶ姿を見ているほうが好きだった。施設で過ごすうちに物への執着は薄れたが、特に不便は感じなかった。
ただ、彼女は人に流されているわけでもない。自分の意見をしっかり言えるのは、二人も見て来たことだ。
――それで充分ではなかったか。
「あなたのためを思って」と苦手なことを強いるのは、他人のエゴであり、李津自身いちばん嫌いだったことではないか。気づいて、李津は慌てた。
「つむぎ、悪かっ」
「おにーちゃん待って。考えてみる」
だけどつむぎは、李津の声を遮ってまで、一生けんめい自分に向き合っていた。
いつも考えなかった部分を探って、頭が溶けそうなほど悩んでいる。
自分のためにここまで親身になってくれる人がいるのだから、できるだけそれに応えたい。
二人と同じステージに立つのに恥ずかしくない自分でいるために、彼女なりに必死だった。
「…………あのぉ、わたしは莉子ちゃんが憧れなのでぇ。もし選ぶならおそろいが欲しいなぁと、思ったりぃ?」
「ん? あたしと?」
急に名前が出て驚く莉子に、李津もうなずく。
「うん、いいんじゃない? 今日はおまえ、自分のもの買ってないだろ。二人でなにか買えば?」
「うーん、つむぎとは好みが違うしな……あっ」
莉子は李津の腕をつかむと、にやりと笑みを浮かべる。
「じゃあ兄も。おそろっちしましょう?」
「妹とおそろいとか、シンプルに嫌なんだけど」
「スニーカーとかアクセサリーなら、大丈夫かもぉ」
つむぎも乗ってきた。そうそう、こういうところでは自分の意見を言える子なのだ。
「んー金額的にアクセですかねぇ。ブレスレットとかどうですか?」
「いいと思う〜。えへへ」
妹二人は頷き合うと、手を繋いで近くのアクセサリーショップに駆け込んだ。置いて行かれた李津は、ぽつんと通路の真ん中に立ちつくしている。
(――なんか。まるで本物の姉妹みたいだよな)
少し前なら考えられなかった光景だ。
妹たちが仲良くしているのを見ていると、自然と顔が緩むのだった。
◆
ショップの外に置いてあるベンチに座ってスマホをいじっていると、買い物を済ませたらしい二人がうれしそうに戻ってきた。
「むぎ!」
「う、うん〜」
神妙にうなずくと、つむぎが胸に抱いた紙袋を李津に差し出す。
「おにーちゃんの分。これ、わ、わたしが選んだのでぇ」
「センス終わってるむぎ子が選んだんだから、喜んで受け取ってくださいねー」
「莉子ちゃん、ひどいぅ〜〜!」
「…………ありがとう」
李津は、緊張して紙袋を受け取った。
中身がどんなものでも妹からのプレゼントだ。つけないと泣かれるやつだろう。
どうかヤバいやつじゃありませんように。覚悟を決め、いざオープン。
「――あれ。意外と、普通」
拍子抜けした李津の指に、ブラックレザーにシルバーのチャームがついた、シンプルなブレスレットが絡んでいる。
見れば、莉子の手首にはブラウン、つむぎの手首にはピンクがそれぞれ巻いてある。
「あたりまえでしょ、あたしもつけるんですから」
「脅すなよまじで」
莉子を軽くにらみつけると、李津はその場で手首にくるりと巻き付けてみた。意外と服にも馴染んでいる。
「莉子ちゃん監視のもとだけどぉ、初めて自分で選んだよぉ」
「ああ、そっか……」
李津は目を細めた。
「うん、えらいえらい。そういうの増やしていこうな」
その場にしゃがみ込んでいたつむぎの頭を、犬を撫でるようにわしゃわしゃする。つむぎはうれしそうに頭を差し出したまま。
「おにーちゃんって本当に、おにーちゃんだねぇ」
「なんだよそれ」
首を傾げて、つむぎは李津を見上げた。
「面倒だとかなんだかんだ言って、面倒見がいいよぉ?」
「ぷはっ!!」
立っていた莉子も、顔を逸らして吹き出した。手が止まる李津は、しっかりめに赤面している。
「ふふっ。これからもよろしくね、おにーちゃん」
だが、初めて見せたつむぎの心からの笑顔に、李津はやはり何も言えなくなってしまうのだ。
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