おめでと〜

 つむぎの悲鳴が聞こえてすぐ、李津は2階の自室を飛び出した。


 階段を降りて、リビングにつながるドアに手をかけて違和感を覚える。つむぎたちがいるはずなのに、擦りガラスの向こう側の電気が消えていたのだ。


 これに李津のあせりはピークに達した。


「ま、待ってください、兄っ!」


 2階から莉子が呼び止めるのを無視してドアを押し開け、リビングに飛び込んだ。手のひらを叩きつけるようにして、壁のスイッチを入れることも忘れない。


「つむぎっっ!?」


 辺りが明るくなったと同時に。


パンッ! パンッ!!


「うわっ!?」


 突如、ごく近くより発砲音が鼓膜を震わせた。


 日本は銃の所持を認められていないんじゃなかったのか!?と混乱しながらも、李津は反射的にその場に伏せて頭を抱える。この身のこなしは小1のときにスクールで習ったものである。まさか日本で役立つとは思ってもみなかった彼だった。


「ちょっと、兄っ!?」


「なにしてんだ莉子、伏せろっ!!」


「きゃっ!!」


 そこに何も知らずに登場したのは莉子だ。何度も兄に無視されて腹を立てているみたいだったが、命のやりとりの手前、機嫌をうかがう余裕はない。


 李津は彼女の手を引き姿勢を低くさせると、上にかぶさるようにしてしゃがみ込んだ。


「…………?」


 それから数秒。


 しかし待てど追撃はない様子。


 恐る恐る片目を開ければ、彼の鼻先にひらひらと色のついた紙テープが落ちてきた。


 状況がよくわからないまま、李津はそろりと頭を持ち上げて周りを見回す。


 すっかり明るくなったリビングの壁には、幼稚園のお遊戯会のように三角フラッグや風船が飾り付けられていた。


 そして部屋の中央には、パーティ帽子をかぶったつむぎと躑躅つつじが口を半開きにして立っていた。


 その手には、中身が空のクラッカーが握られている。


「お、おにーちゃん?」


「んぷっ。だははははははは! なにやってんだ、おまえはよー!!」


 腹を抱えて笑う躑躅つつじを前に、李津は頭の整理がつかずポカンとした。その下で、かばわれていた莉子が真っ赤な顔を持ち上げる。


「あの、兄? 今日……5月1日が誕生日でしたよね? サプライズのつもりだったんですけど……」


「……えっ?」


 ダイニングテーブルを見やれば、つむぎが中心に用意していたごちそうが並んでいた。


「じゃあ、つむぎの悲鳴は……?」


「あれは兄がこじらせてたので、あたしがむぎにLINEで『叫んで』って指示したんですよ。そしたら兄、思ったより勢いよく降りちゃって。しかも勝手に勘違いしてるし……。びっくり、しましたっ……」


「……」


「お、おにーちゃん、騙してごめんねぇ? あっちに座ろ〜?」


 混乱している李津の腕をつむぎが引いて、席へと案内した。あとには兄に抱きしめられて心臓が破裂しそうだった莉子が、限界突破して床に倒れていた。


「まったくひどいぜー。俺、信用なくね?」


 李津の隣の席に座った躑躅つつじは、ガハガハ笑いながら友人の肩を叩いた。先日の悪事を棚に置いて、冗談キツイぜと言わんばかりのムーブである。


 その奔放な行動に、魂が抜かれたようだった李津の目に強い光が戻った。


「ち。Fuckin'クソったれ!」


 顔を目掛けてパンチが繰り出される。


「おう、またデレたんか? こいつ、こーいうかわいいところあるんだよなー、わははは! 許す!」


「だから、おまえはファッキンぐらいわかれよ!!」


 英語がまるっきしなのもそうだが、拳をパシっとカッコよく受け止めて見せるチンピラに、李津は余計にイラッとした。


「みんなぁ、おまたせぇ〜」


 李津が躑躅つつじに掴みかかっていると、つむぎがキッチンから出てきた。


 皿の上に乗っているのは、今日この日のために彼女がこっそりと作っていた、苺とベリーの4号ほどのホールケーキである。


 机の中央にぽんと置かれた大きなケーキに、二人の動きも止まる。


「今日はおにーちゃんが主役だから、絶対にここにいてねぇ」


「ほんとですよ、もう逃しませんからね! 躑躅つつじさん、キャンドルに火ぃおねです!」


「おっけー、莉子ちゃん!」


 躑躅つつじがライターを使って、器用にHAPPY BIRTHDAYのキャンドルに火をともしていく。


 ひとつずつ灯る炎に、李津の視線は奪われた。


 彼は、誕生日に同年代から祝われたことがなかった。


 それで義父や義母が気を遣ってくるのが恥ずかしかった。


 だから、誕生日は一年でいちばん嫌いな日であり、どうでも良かったはずだったのに――。


 ケーキを見つめる李津の顔が紅潮して見えるのは、炎に照らされただけではないのだろう。


 みんなが見守る中、最後のYの字に火がつき、莉子が口火を切った。


「せーのっ」


「「「ハッピーバースデー!!」」」


 笑顔で拍手をするクラスの友人と妹たち。


 李津の瞳は潤んでいたが、耐えたため相当おもしろい顔になっていた。





 

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