ミスド……だと!?

 待ち構えていたかのように、18時ちょうどに有宮家の玄関チャイムが鳴った。


「なんだよ李津、寝起きかぁ? うぇーい!」


「……」


 李津がドアを開けると、ワカメを頭に乗せたような髪のいかつい男が、ヘラヘラしながら立っていた。


 そいつは、にこりともしない李津を萎縮することなく、バンバンと家主(暫定)の二の腕を叩いている。


「むしろ夢だったらよかったよ」


「ひどいぜー、わざわざ来てやってんのによ!」


「あーもう、だめですよ、兄! こんばんは、躑躅つつじさん」


 そう言って李津の後ろから顔を出した莉子は、兄をたしなめながらも客へと微笑みを向けた。


にのまえ先輩、こんばんは〜」


 少し遅れて、つむぎもリビングのドアから出てきてあいさつをする。どうやらふてくされているのは李津だけらしい。


 できればすぐにでもお引き取りいただきたかったが、これでも妹の客である。仕方なく李津は体を引いて、躑躅つつじを迎え入れた。


「はあ……。用事が終わったらとっとと帰れよ」


「サンキュ、これお土産! あと莉子ちゃんには漫画ね」


「ありがとうございます、部屋に置いて来ますね。わざわざお土産まですみません」


「いいよいいよ、俺ってばデキる男だし」


 得意げに応えているが、この男、3回も留年している。


「よかったらぁ、お茶でも飲んで行ってください〜」


 つむぎがお客さん用のスリッパを玄関に出すのを見て、長居をする気かと李津はげんなりとした。目を伏せた流れで、受け取ったお土産の袋の中身が目に入る。


 次の瞬間、寝起きかと言われていた瞳が限界まで見開いた。


「おい! こ、これって、もしかしてミスドか!?」


「お、おう。なにか変だったか?」


 さっきまで無気力だった李津が突然大声を張り上げるのに、思わずどもってしまった躑躅つつじである。


 さらには、チンピラに身体ごと詰め寄るものだから、妹たちまでひやひやとした態度だ。


 躑躅と顔を突きつけ、わなわなと震える李津の唇が再び開く。


「ミスドはな、アメリカ発祥なのに、こっちでは店が潰れてるんだよ! よっしゃー! 一度食べてみたかったんだ! Thank you、躑躅!!」


「そ、そっか……。そりゃ良かった。安いのしか買えなかったけど、勘弁な?」


 思ってた以上の喜ばれように、躑躅はガラでもなく赤面した。手土産にここまで人に喜ばれたのは初めてである。


 ハタチ過ぎれば、小金を持ち始める同級生は増えてくる。


 差し入れやプレゼントは「もらって当然」という態度の友人は多く、ないがしろにされた経験も少なくない。


 相手を思って選んだお菓子を、無造作にその辺に置かれたときのむなしさに、幾度くちびるを噛んだだろうか。以来、手土産なんてそういうもの・・・・・・だと思うようにしていた。


 でも今日、躑躅つつじの価値観は変わった。


 これこれ! これだよ!!


 喜ばれるってハッピー!


 買ってきて良かったと、しみじみ。店でトングを握ってすぐ、思ったより値段が高くて日和ひよったことも終わった話だ。これからは李津に会うときはミスドに課金しようと決めた躑躅だった。


 それぞれ幸せの余韻にひたっている男たちだったが、我に返らせたのは莉子の声である。


「そういえば躑躅さん、コントローラー持ってきてくれました?」


「おう、2つ持ってきたぞ!」


 背中のリュックを指差す躑躅つつじに、莉子はウインクして親指を立てる。


 そんな二人のアイコンタクトを見たつむぎは、入っていけないと早々に判断。長い黒髪を指でもてあそびながら、玄関の廊下をジリジリと後退りした。


「じゃあわたしぃ、お茶いれるのでぇ。ごゆっくりしててください〜」


「ちょい待ち! つむぎちゃんも暇なら一緒にゲームしようぜ?」


「え? いいんですかぁ? わたしゲームは弱いんですけどぉ〜」


 躑躅つつじに止められて、目をぱちくりとさせるつむぎだ。そんな彼女を莉子がからかう。


「そうそう、こいつまじで弱いから、とりあえず見せしめで倒すのにちょうどいいんですよ」


「うええぇっ!? いつも、そういう感じだったんですかぁ〜〜〜!?」


 涙目のつむぎを莉子が逃さないとばかりに抱きつき、躑躅は大口開けて笑う。


 盛り上がりを見せる有宮家の玄関だったが、一人、浮かない顔をしている男がいた。


 李津である。


「李津も暇だろ?」


 さすがにあれ?と思った躑躅は、李津も話題に入れようと話しかける。


「……いや、俺は部屋に上がるわ。じゃあ躑躅、ごゆっくり」


「えっ!? お、おにーちゃんぅ〜〜っ!?」


 だが、せっかくの誘いにも空気を読まず、李津は片手を上げて階段をのぼって行くではないか。


 まじで?という顔をする躑躅。心中は「俺、またなにかやっちゃいました!?」である。


 そんな李津の背中を妹たちは、またか……と見送っていたのだった。




 

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