7話 妹は危機感がない!

躑躅さんがウチに来てくれますよ

 ところで最近2年2組では、転入生・有宮兄妹のランチ風景がトレンドである。


 兄妹で昼を過ごすのも珍しいが、それだけではこんなに奇特な目で見られないだろう。


 兄の有宮李津りつの隣の席に妹のつむぎが座っているのだが、机を合わせることなく、お互いに前方を向き粛々と弁当を口にしていた。一緒に食べているというよりも、お互いにひとりメシをしているように見えるのである。


 それを、なんとも言えない顔で見守るガヤたち。


「なにしてんだあいつら。怖いんだけど」「あれはなにかの儀式か?」「わ、わからん。海外では普通なのか?」と、誰もがツッコミたくてモヤモヤしていた。


 だが、そこまでこの兄妹と仲良くはないし、別に見なきゃ良くね?との総意。


 今日も特に干渉することはなく、平和に時は流れていく。


 それが本日は、そんな日常だけでは終わらなかったのである。


「いたいた、おい李津ーっ!」


「二人ともここにいたんですね。むーぎー!!」


 クラス全体に通る大きな声が、李津らの耳に飛び込んできた。


 陽キャには日常茶飯事の光景だが、目立たない李津とつむぎは、クラスメイトの前で呼ばれてギョッとする。


 教室の前を見れば、もう一人の妹・莉子と、李津のクラスメイトにのまえ躑躅つつじが、前者はぶんぶんと大手を振り、後者は破顔一笑で有宮兄妹の元へと向かってきた。


「やほですー。兄、あたしも今日は一緒に食べていいですか?」


 尋ねておきながら答えを待たず、莉子は李津とつむぎの席を勝手に向かい合わせにし、手近な椅子を引き寄せて間に座った。


 手近な椅子の主、小山田くんはそれを見てガッツポーズ。完全な棚ぼたである。あとで椅子に頬擦りしてペロペロしてやろうと心に決める。


 躑躅つつじも自分の席をくっつける。


「たまには俺とも昼飯食おうぜえ」


「おまえ、また莉子につきまとってんの?」


「き、今日は偶然だっつの! さっき廊下でバッタリ会ったんだよ!」


「ちょっと兄、躑躅つつじさんに失礼ですよ!?」


 莉子のために牽制したのに、たしなめられておもしろくない李津だ。フンと鼻を鳴らして、渋々向かい合わせにされた机に椅子を合わせた。


 つむぎと向かい合うようになり、それも妙に気恥ずかしい。


shitクソ


 腹が立つので躑躅つつじの机を足蹴にするが、蹴られた本人はまんざらでもない顔をしている。


「なんだよ、今日も英語でデレてくれてるじゃん?」


「お前、シットくらいわかれよ……」


「兄〜、あたしへの嫉妬とかけたんですか? うふ、いいですね。さあさあ、もっと躑躅つつじさんを蹴ってあたしへの愛を表現してください!」


 悲報。さらに面倒臭いバカが増えていた。


「ひどくねっ!? てか莉子ちゃんって、家族間でも敬語なのか?」


 購買で買ってきたパンを机にぶちまけながら、躑躅つつじは珍しそうに莉子を眺める。


「あーはい、これ癖なんですよ」


「いいねー慎ましくて。うちの妹にも爪の垢を煎じて飲ませたいわ」


「はい、敬語はいいですよ。気に入らない人も、ふつーに喋るだけで罵声を浴びせられますしね死ね。そう思えば、積極的にそいつと喋りたくなるんですdeathよ♡」


「なにそれ怖い」「どういう理由だよ!?」


 李津と躑躅つつじは同時に叫んで椅子を引いた。莉子、特に隠してはいなかったが、腹黒系女子なことがここで露見する。


「えーえっとぉ、にのまえ先輩と莉子ちゃん、もしかしてなにか用事があって来てくれたんですかぁ?」


 そんな中、つむぎが視線を二人の間で行き交わせた。コンビニコンビが揃って学校で声をかけてくるなど初めてのこと。自分がなにか粗相をしてしまったのではないかと、気が気でない。


 莉子と躑躅つつじは顔を合わせ、不敵な笑みを交わした。


「そうだそうだ。今日、おまえんち行こうと思って」


 放課後に友人と遊ぶなんて超青春ぽいイベントだが、なぜか李津は苦い表情を浮かべた。莉子がすかさずフォローを入れる。


「躑躅さんに漫画借りるんですよー」


「そんなの、バイトのときでいいんじゃないか?」


「なに言ってんだよ、シリーズを貸すとなると重いだろ?」


「漫画の話してたらどうしても読みたくなって。そしたら躑躅さんが、今日持って来てくれるってことになったんです!」


 そこまで楽しげに言われると反対ができない。


 それに、李津から干渉するなと言った手前、妹の交友関係に強く出ることもためらわれる。


(まったく。なんでよりによってウチなんだよ……)


 静かに暮らしたい李津、うまくいかずにため息をこぼした。





 

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