お付き合いはできないです

「莉子ちゃん、こういうワンピース似合いそうだなー」


「そうですか? これセクシーすぎません?」


 その頃、莉子りこにのまえ躑躅つつじはイオンで買い物を楽しんでいた。


 彼の双眼が舐めるように捉えているのは、太ももまでスリットが入ったワンピースだ。


 いやらしい気持ちを持てあますロリコンは、マネキンですらエロい目で見ている。


「何言ってんだよ、きみの美脚は出すべきだって。よかったらプレゼントするから、今度着てきてよ」


「本当にいいですから。それより躑躅つつじさんの買うものを見ましょうよ!」


 買ってあげるという提案にも乗らない莉子の返答に、(俺にたかろうとしないイイ子じゃん!)と、躑躅つつじは気をよくしていた。


 一方莉子は、好きなブランドの服だったが、(さすがに他人・・に買ってもらうわけにはいかないしなー)と、話を変えた。


 そんな相違が両間であったのだが、お互いに知る由もない。


「あ、莉子ちゃん下着屋とか見なくていい?」


「ぜんぜんいいでーす。早く行きましょー」


 名残惜しそうな躑躅つつじを置き去りにして、莉子は早足で下着屋前を通過した。





 今日のイオンは躑躅の春夏服の買い物がメインだった。


「これどうかな?」「似合います!」に乗せられ、買い物も一時間ほどでスムーズに完了。両手いっぱいの荷物を持ち、躑躅は上機嫌である。


「せっかくだし、アイスでも食べにいかない?」


「やった、アイス大好きです!」


 小さく飛び跳ねて喜ぶ莉子を見て、躑躅はうんうんと頷いた。


 もちろん頭の中では「躑躅さん大好きです!」に変換されている。


 それから莉子が先導する形で3階からエスカレーターに乗り、2階のフードコートへ移動して、おしゃれなアイス店に向かった。


 遠慮する莉子にカッコつけて、躑躅は二人分のアイスを購入し、片方を渡した。


 満面の笑みでお礼を言う莉子に、「いやいや」となんでもない風を装って、その笑顔を網膜を通り越して海馬へダイレクト保存だ。数発分のおかず、補完完了。とてもちゃっかりしていた。数百円の出費なんて安いもの。


 それから二人はアイス店のそばに置いてあるベンチに座った。


 あわよくば肩を抱き、キスまで到達したい躑躅の横並びセレクトだが、莉子は背負っていたリュックを二人の間にどんっと置いた。


 あてがはずれて引きつる躑躅だが、これを莉子の照れ隠しだとポジティブに解釈。会話に持ち込むことにした。


「今日は楽しかったよ莉子ちゃん。付き合ってくれてありがとう」


「あたしも、イオン好きなんで楽しかったですよ!」


「それは良かった。そっちのアイス、ちょっともらっていい?」


「あ、どぞどぞ。がつっとすくっちゃってください」


 莉子は無邪気にカップを差し出し、躑躅は固まった。


 また、思っていた反応と違う。


 躑躅の瞳に焦りの色が浮かんだ。


「はは……。ここはさ、あーんとかで食べさせるところだろ? へへ、いじわるすんなって〜」


「そーなんですか? あたしちょー適当なんで、自分で食べた方が服とかも汚れずに安全ですよー!」


 わりとストレートにあーんして欲しいと伝えたつもりなのに、鈍感系ヒロインには一切伝わっていない。躑躅の心が折れるまで秒読みだと思われる。


 莉子のアイスを自分のスプーンですくって口に入れながら、それでもタダでは死なぬと、躑躅は再び特攻する。


「今度はもっと遠出しねえ? 俺、運転するからさ」


「そーですねぇ。でも平日は帰りが遅くなると困るし、土日はどっちかシフト入ってるし……現実的に難しくないですか?」


 年下からのぐう正論。


 まずい、このままだと心のゲートが完全に閉まってしまう。


 自覚のある躑躅は、玄関扉に無理矢理足をねじこむセールスマンがごとく、血走る目を見開いた。


「りっ莉子ちゃん! はっきり言うけど、真面目に俺と付き合わない!?」


 ここで直球! おとこ・躑躅、勝負に出た!


 どんなに鈍いといっても、告られた回数は余裕の二桁台な莉子。やっと気づいて、弾かれるように隣へ顔を向けた。驚きと羞恥で真っ赤になり、スプーンをくわえたまま固まっている。


 その様子を少し後方で見守るのはアイス店店長、原田洋子40歳! 既婚者は恋バナに飢えていた。自分の店のアイスを食べながら、まさか告白するとはなんという神展開。映える! 「#告白なう」と、カップルを背景にぼかして自社アイスを持った写真をSNSに投稿したい!と、ソワソワして見つめている。手にはアイスクリームディッシャーではなく、汗を握っていたのがまたにくい。


 躑躅は莉子が真っ赤になったのを見て、心の中でガッツポーズをしていた。


 彼、地元の同級生の中ではいじられキャラだった。


 つるむ仲間はルッキズム至上主義で、頂点はイケメンと美女のみで構成。狭い世界で付き合ったり別れたりと忙しない人種だ。当時お調子者だった躑躅はそんな仲間たちに、足だの財布だの都合よく使われていた。


 二度ダブり、同級生が高校を卒業した。新しいクラスメイトは全員年下。絶対にナメられないようにしようと、躑躅はイキり始めた。年上のヤンキーはすぐに腫れ物のような存在となった。


 そんな彼の前に現れた女神が、莉子だ。


 彼女は躑躅の話を真剣に聞き、金をせびることもしなかった。


 今までの人と違う。運命の出会いだと信じた。


 それに莉子みたいなレベルが高い女と付き合えば、同級生たちも見直すんじゃないかという打算も少々。


 そんな女神が自分の告白に対し、「キモい」でもなく「死ね」でもなく、赤面しているのだ。


 仲間のイケメンに「男は押しが肝心」とは何度も聞いていた必勝法。今が押しどころ。有り体に、力士となることにした。


 躑躅の鼻息が荒いことに莉子は気づいた。近づいてくるヤツの顔に思わず両手を突き出し、距離を取ろうとする。


 しかしあろうことか、その手があやまってキス顔の真ん中にヒットした。


 見事なカウンター。決まり手、突き出しである。


 それを見ていたアイス店店長、原田洋子。目を血走らせて大興奮していた。彼女の趣味は昼ドラ鑑賞。甘々の恋愛も好きだが、ドロドロ展開もウェルカムである。他に客が来ないのをいいことに、屋台から身を乗り出してガン見している。そのせいで客はドン引き。近づけていないのだが、彼女は気づいていない。


 こちらは事故とはいえ強く顔面をぶたれた躑躅である。短い悲鳴を上げて身を引くと、鼻を押さえてもだえた。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」


 莉子が心配しておろおろと覗き込むが、躑躅は痛みで答えることができない。


 そんな躑躅に追い討ちがかけられる。


「あの、躑躅さん。申し訳ないんですけど、お付き合いはできないです。ごめんなさい……」


 悩むそぶりなく断られるとは思わなかった躑躅は、心に追加ダメージを食らい、もはや息ができなくなっていた。せめて、持ち帰ってご一考して欲しかったと涙が出そう。


 プライドはズタズタだった。


 痛みと悲しさ、やるせなさなど負の感情が、ふつ、ふつ、と、怒りに裏返っていく。


 そしてその中央にあるのは「どうして自分だけ」というどす黒い感情。


 躑躅が手を下ろしておもてを上げたとき。その表情は鬼の形相と化していた。


 莉子、大ピンチである。




 

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