Hell no!(冗談じゃない!)



 そして時間は飛ぶように過ぎて、とうとう放課後になった。


『もーちょっと、気にしてあげてもぉ』


 自分の席を立ちあがろうとした李津の頭に、つむぎの言葉がよぎる。


 兄妹のデートに首を突っ込むのは普通なのか? やはりそれは、李津にとってはありえないように思えた。


 引っかかるのは、相手が成人男性というところだけ。


 大きくため息をついて、仕方なく李津はリサーチしてみることにした。


「なあ渡邊さん、大橋の近くのコンビニって行ったことある?」


「えっ、えっ?」


 仕方なく声をかけられた隣の席の渡邊さんは驚いていた。彼女的に、李津とは世間話をするほど仲良くはないですよね……?という認識である。これから部活もある。引き止められるなんていい迷惑だった。


「ある、けど……えっ、なんでわたし?」


 だが、渡邊さんは真面目に返事を返した。


 余談だが、彼女は一年半後、卒業文集のアンケートページ『クラスのお人好しNo.1』で堂々一位を取る人物である。


「夕方のシフトに入っている男の店員がいるんだけど、知ってる? そいつについてどう思うか聞きたい」


「知ってる?って。そりゃ行ったことあるけど、どうって言われても……」


 渡邊さんは自分たちの会話を気にしているクラスメイトがいないか、チラチラと周りを気にしていた。


 しかし李津は、彼女の迷惑そうな態度に気づかず続ける。


「妹が……あ、前に渡邊さんとあいさつした莉子なんだけど。今日、そいつとデートするんだって。で、もう一人の妹……いつも俺と昼飯食ってる方が、妙に心配してるんだよ。でも、妹のデートに兄妹が口出すなんて変だよな?」


「ん? ちょっと待って?」


 渡邊さんが李津の言葉を遮った。


「それ、どっちの店員・・・・・・の話してるの?」


 照れ隠しにヘラヘラしていた李津だが、渡邊さんがあまりにも神妙な顔をしていることに違和感を持つ。


「どっちって、茶髪のお兄さん以外に大人の男っているのか? ちなみに店長は女性だって莉子が言ってたぞ?」


「えっと、有宮くん知らない? にのまえくんもそこで働いてるけど……」


 チラリと、渡邊さんの視線は誰もいない李津の前へ。入学早々因縁をつけてきた、ガラの悪いワカメくんの席である。


「あいつ労働とかするタイプなのか」


 妙なところを気にする李津だった。


 しかし余裕ぶっているのも理由がある。


「でもあいつとは関係ないよ。名前も知ってるけど、にのまえじゃなかったから。それと、その店員の妹がうちの高校の3年にいるんだって。その男、大学生か専門学生じゃないか?」


「ちなみに、その店員さんの名前は?」


「“ツツジ”って呼んでたかな」


「……えっと、有宮李津・・・・くん?」


 渡邊さんは引きつった顔で李津を覗き込んだ。


 自分のことを好きかもしれない女の子に見つめられて、李津はドキリと胸を弾ませる。


「有宮くんって、わたしのことフルネームで言える?」


「え?」


 問われたのは、思ってもみなかった言葉だった。


 突然、フルネームがなんだというのか。彼の中で渡邊さんは渡邊さん・・・・でしかないのに。


 そこでふと気づく。


 視線を移した先、自分の前の席の持ち主。


 にのまえも李津の中で、一でしかない・・・・・・ということを。


「あれ……? でも、妹が3年に……」


「そりゃあ、にのまえ 薔櫻薇ばさら先輩は、にのまえ 躑躅つつじくんのように留年してないもの」


「!?」


 にのまえ 躑躅つつじ20歳とにのまえ 薔櫻薇ばさら18歳。苗字がシンプルすぎて親が名前をがんばっちゃったタイプの兄妹である。


 ちなみに妹も札付きのワルで、レディースチーム「キャット・キス」総長を務めている。学校もキティちゃんのサンダルで登校する、どこに出しても恥ずかしくないドヤンキーだ。


「……Hell no 冗談じゃない!」


「えっ?」


 李津はカバンをつかんで立ち上がると、振り返りもせずに教室を飛び出した。


 無理やり引き留められた挙句、その場に残された渡邊さんは、ぽかんとその後ろ姿を見送るのだった。





 

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