どうして優しくするのぉ?(LINEトークあり)

 ◆




  とりあえず、ぴえぴえ言ってるつむぎを引きずって李津はイオンへ向かった。


 李津でも入れるファストファッションブランドにつむぎを放り込み、「好きな服を選んでいいよ」と言ってみるが、石像になったかのように動かない。どうしたのかと問えば「おしゃれ店員様に話しかけられたらと思うと無理いぃ〜!」と涙目だ。……これは気持ちがわからなくもない。


 仕方ないので服屋は諦め、イオン内の美容室へ連れて行く。金髪のおしゃれな男性美容師に入口で相談していると、つむぎが突然、「息がッ!」と叫んで店先で倒れた。白目をむいてぴくぴく痙攣する黒髪ロン毛少女を見て、美容師は関わりたくないとばかりに、そそくさと店内に引っ込んだ。


 つむぎのおしゃれ耐性のなさは重症だった。


「まじめにしてくれる?」


「まじだよ〜〜〜!!」


 ベンチで少し休んで回復したつむぎは半泣きだ。


「もういいよぉ、わたしなんてぇ〜」


「でもこのままだと……」


「おにーちゃんの好意はうれしいけどぉ、わ、わたしはこのままでいいからぁ。もう、ほ、放っといてぇ〜」


 散歩から帰りたくない犬のように、つむぎは完全拒絶でベンチの後ろに隠れてしまう。


 どうしたものかと李津がため息をついていると。


「ん? あれ、莉子じゃないか?」


「うえぇ?」


 キラキラしたショップから出て来た派手なJK集団の中に莉子がいた。


 彼女もつむぎと同じく服の手持ちは多くないはずだが、キチンと流行りを抑えていて、同級生と並んでも引けを取らない。というかいちばん目立っている。


「莉子ちゃんってぇ、華があるよねぇ」


 惚けるようにつむぎは莉子を見つめる。


「そんな子と一緒に暮らせるだけでぇ、鼻高々だなぁ〜」


「……」


 別に特別なおしゃれをしてほしいとは思わない。


 妹だろうが、他人だからどうでもいい。


 どうしてここまで李津が面倒を見ているのかというと、ただ、つむぎのことを知らない人に誤解されるのは腹が立つから。


 だって、見た目はホラーかもしれないけれど、心優しい子だから。


 彼女がもう少しだけでも生きやすくなってくれたら――。


 そう願ってしまうのは、所詮お節介なのだろうか。


「……ちょっとここで待ってて」


「え、どーしたの、おにーちゃん?」


「そうだおまえ、俺が戻ってくるまで誰にも嫌がらせされるなよ!?」


「ええぇ〜!? それはぁ、わたしが決めることではないと言うかぁ〜〜!!」


 とりあえずいじめられないように強く言ったので心配ないだろう。李津はその場を離れた。




  ◆




 15分後。


 李津が急いでベンチに戻ると、つむぎはおとなしく座って待っていた。


 念のために周りを見回してみる。特に誰にも絡まれてないようだ。


「ごめんお待たせ!」


「んん、トイレ?」


「違う。ほら、これ」


 首を傾げるつむぎの手に、ピンク色の小さな紙袋を押し付ける。


 小さく息を吸い込み、つむぎはそれを見つめた。


「……あの、開けても?」


「お好きに」


 白い指先が、紙袋を傷つけないようにシールをていねいに剥がしていく。


 そして袋の中身を手のひらに滑らせたとき、つむぎは「あっ」とこぼした。


 手のひらの上で、パールがついたヘアピンセットがきらりと光る。


「え、え、え、えええぇっ!?」


 隣に座り直した李津を責めるように、つむぎは至近距離で見上げた。


 出会ったとき。橋の上で死にたいと言ったときのような、困ってるのか焦ってるのかよくわからない顔に、少し懐かしさを覚える李津だ。


「さっきは無理に連れ回してごめんな。これはおしゃれとか関係なくて、ただのプレゼント」


「な、なんでぇ? だってわたし、誕生日じゃないよぉ?」


 くしゃっと顔のパーツを中央に寄せてつむぎは戸惑う。


「わ、わたしなんかぁ、迷惑ばかりかけてるのにぃ……」


「毎日、みんなのためにごはん作ってくれてる。大変だろう、いつもありがとう」


「でもそれはぁ! みんなも同じように役割があって、わたしは特別じゃなくてぇ」


「それでも感謝してるんだ。あと、役に立とうが立たまいが、そんなのはどうでもいいんだよ」


「なんっでぇ? わからない……」


「おまえが莉子を助けた理由と同じだと思う」


 ぴくりと、ヘアピンを持つ手に力が入った。


「家族」という言葉がつむぎの頭に浮かび、動揺する。


「……でもぉ、お兄ちゃんは、わたしたちと距離を置きたいのにぃ、どうして優しくするのぉ?」


 つむぎの困惑は最もである。


 距離を置きたいと言う人に、プライベートで贈り物をしてもらう理由が「家族だから」では納得ができない。


 李津も自分の軸がブレているのは重々理解している。


 それでも、彼は。


「確かに俺は静かに暮らしたい」


 妹二人と暮らしてまだ日は浅いけれど、思っていたよりも居心地の良さを感じていたのは事実だった。


「でも、シェアメイトに干渉はしなくても、無関心じゃなくてもいいとは思っている。ほら、貸して」


 つむぎからピンを受け取ると、薄いビニールの袋を開けて中身を取り出した。


「ん、目閉じる」


「! ひゃいっ!」


 緊張して、目をぎゅうっとつむるつむぎ。めちゃくちゃキス顔だったが、李津は気づかないフリをした。


 妹の前髪を分けて、適当にぐさぐさと差していく。


(……うん、やっぱりな)


 思わず笑みがこぼれてしまう。


 表情がよく見えるようになったつむぎのおでこをペチリと叩く。さっきよりもいい音がした。


「うん。いつか瞳がきれいだって言ったけど、顔出してるとかわいいよ」


「っ!!!」


 真っ赤になったつむぎが、顔を隠そうと髪の毛を触る。しかしいつも目の前を隠していた髪はサイドにまとめられ、スカスカと手が宙を切っていた。それに李津は思わず笑ってしまう。


「迷惑だったかな?」


 もっと顔を見たくて覗き込む。つむぎは足元を見たまま目を合わせてくれない。けれど、ふるふると首を振った。


「えと、恥ずかし、だけで……すごくうれしい、です……」


「ならよかった。じゃあそろそろスーパー行くか」


 李津はぽんぽんとつむぎの頭を撫でた。思えばそろそろいい時間だ。


 立ち上がると、服の裾を引いて止められる。つむぎが潤んだ瞳で見上げていた。


「おにーちゃん、あのぉ、アレ……してぇ?」


「ん? アレって?」


「ほっぺの、キスのやつぅ」


「ま゛っ!?」


 李津は思わず後ずさりする。


「だ、だからあれは……」


「まだわたし、親しい人になれてないのかなぁ?」


 かわいい顔を真っ赤にして、泣きそうな顔で見上げるのはずるい。


 それに、確かに前に「親しい人とするものだ」と言ったのは李津だ。


(いやいや、俺、したことないんだけど!?)


 ちなみにつむぎはまだ勘違いしているが、アメリカではチークキスはしなくもないが一般的ではない。


 元ニューヨーカーの李津は、そもそも友人が少なすぎた。そのため実体験はゼロ。いつ求められても大丈夫なように中学生くらいからYouTubeで予習はしていたが、残念ながら披露する機会はなかった。


 そして最初につむぎに説明しないばかりか、今も否定しない李津はド悪党である。


 念のため周りを見回すが、さすがは田舎のイオン。幸か不幸か、客は少ない。


 李津は観念すると、つむぎ越しにベンチの背もたれに手を置いた。自分からせがんだくせに、つむぎはふやけそうな瞳を一心に兄へと向けてプルプルと震えている。


「……そんな見つめないでもらっていいすか」


「あわわ、うん、はいっ」


 つむぎが少し顔をそむけたところに、軽く頬を当ててチュッと音を立てた。


 サクッとやってみせたが、内心ドキドキバクバクである。


「はい、おわり」


「お兄ちゃん、顔まっか?」


「気のせいだよっ!!」


「んふふ。じゃあわたしの番ね〜」


 つむぎは迷いなく手を伸ばし、李津の頬に片手を添えた。


「ちゅ」


「……」


 つむぎの顔が離れた後、頬は湿っていた。


「おまえさぁ……」


「あれぇ、間違えちゃったぁ」


「っ!」


 文句を言おうとした李津だったが、言葉は引っ込んだ。


 まったく、どうしたものか。


 この幸の薄い妹が、見たことないほど幸せそうな笑みをこぼすのだから。








【おまけ:莉子&李津】


>rico♡



rico♡

----------------------

兄、首尾は?

----------------------

15:08


         ----------------------

         成功!

         ありがとう莉子!

         ----------------------

         16:01

         既読


         ----------------------

         つむぎの好みなんて全然わ

         からないから助かった…

         ----------------------

         16:02

         既読


rico♡

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全く、友達と一緒にいる時

に乱入してきて、なにごと

かと思いましたよ。

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16:05


rico♡

----------------------

ま、あたしのセンスに頼っ

たところは、評価してあげ

ます、兄!

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16:06


rico♡

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むぎはあれで

ガーリーなの好きなんで

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16:06


         ----------------------

         へえ。よく見てるなぁ

         ----------------------

         16:11

         既読


rico♡

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は!?別に普通ですが!?

一緒に住んでいれば普通に

わかりますが?わからない

兄が鈍いだけですが?別に

特別にあいつのこと気にし

てるとかじゃないんですけ

ど!?

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16:13


rico♡

----------------------

ぜったいあいつには

言わないでくだしあ

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16:13


rico♡

----------------------

ていうか!

兄、貸しですからね!!

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16:13


         ----------------------

         はいはい

         ----------------------

         16:15

         既読


rico♡

----------------------

今度デートですからね!!

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16:15


        (変なスタンプ)

         16:16

         既読


rico♡

(泣いているスタンプ)

16:19




(画像はノートに掲載)


https://kakuyomu.jp/users/asamikanae/news/16817330651856798405


 



 

 

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