5話 妹は目立ちたくない
妹子の水着に興味はないですか!?
日曜の午前。
充分に大地が暖まってきた頃に李津がリビングをのぞくと、ソファで莉子がスマホをいじっているところだった。
「おはよう莉子」
「兄ー! おはです♡ 見てください、今日の服どーですか?」
寝起きパジャマの李津とは違い、莉子はきちんと支度を済ませていた。すくっと立つと、どこで覚えたのかポージングなどしてみせる。
お腹がチラッと見える丈の白Tに大きめなデニムジャケットを羽織り、小さなお尻はピンクのプリーツミニスカートが隠す。髪もハーフアップにして、細いピンクのリボンが揺れていた。
小柄だがスタイルもセンスもいい莉子は、まるでファッション誌からそのまま出てきたようである。
「うん。とてもかわいいよ」
「やだもぉ! 兄ってばぁ、そういうこと言ってくれるんですねっ」
アメリカに住んでいた李津、褒める教育はしっかりと叩き込まれている。
ただ、李津は天然である。
「でもそれ、腹、出てるんじゃ?」
言わなくてもいいことを言う才能がここでも発揮された。
「はああ? ちょっと! あたしのお腹は全っ然出てないですけど? 触ってみてくださいよっ!」
ニコニコだった莉子も遺憾の意である。李津の手首を掴むと、自分の腹部に兄の手のひらをぺたぺたと押し当てた。
男の硬いだけの腹筋とは違う絶妙な柔らかい感触。
それは脳みそを溶かすほど強烈に、李津の手のひらを刺激した。
「あ、ああ、うああ……」
「こういうのは!
「ご、ごめん莉子、ててて手は、ちょっと…………」
「え? きゃっ!!」
莉子は、自分がとんでもなく大胆なことをしていたのに気づき、慌てて手を離す。
李津はというと、自我を失いかけていた。
すぐに精神ステータスを全解放。「落ち着け俺! たかだか妹の腹だぞ!?」という兄っぽい呪文で、なんとか平常モードに戻って来ることに成功。嘘、本当は
「そ、そういえばつむぎは?」
話を変えようと部屋を見回すが、なぜかつむぎの姿がない。
「それが、なんか外でガチャガチャやってるんですよー」
思い出したように、莉子はリビングの端へと視線を送る。
庭を一望できる掃き出し窓から外を見れば、莉子の言う通り、ぴえぴえ言いながらつむぎがなにかやっていた。
しばらく見ていたが、その後ろ姿があまりにも不憫すぎて、李津は窓を開けてしゃがみ込んだ。
「おーい、なにやってんの?」
「あっ! おにーちゃんおはよぉ〜」
つむぎが振り向く。その向こうに彼女の赤いママチャリがあった。
「ええとぉ、ごめんなさい。買ってもらったばかりなのにぃ、自転車がパンクしちゃってぇ」
「うわ。おまえ、そんなに重量あるように見えないけどなぁ」
「うええぇ〜〜!? た、体重でっ!? 違うっ、たっ、たぶんだけどぉ〜〜!?」
つむぎは顔の前でぶんぶんと両手を振って否定した。
だが、思い当たることがなくもない。
最近、キッチンでこっそりとお菓子を食べるのが習慣になっていた彼女だ。「ちょっとスカートがきつくなったけど、成長期だもんね」と現実逃避していたが、その幻覚が破られたのが今である。
恥ずかしさに、顔を真っ赤にして首を振る。「もう一生お菓子を食べません!」と、できもしないことを一心に祈っていた。
「釘かなにかを踏んじゃったのかなぁ〜。今日、スーパーの特売日だったのにぃ……って、なんで笑ってんのぉ〜〜!?」
「あっはっは。ごめんごめん。まあ、がんばれよ」
「がんばれじゃないですよ!」
ぺちんと後頭部をはたかれて振り向くと、莉子が李津を見下ろしていた。腕を組み、かわいい顔は仏頂面になっている。ちょっと怖い。
「むぎが困ってるんだから助けてください!」
「でも買い物はつむぎの係だし、俺が手を出すのも悪いかなーと」
「重労働系も兄の役割でしょう? ほら、荷物持ちできますよね?」
スーパーは隣駅の駅前にしかなく、歩けば40〜50分はかかる。重い荷物をつむぎひとりで抱えて帰るのは、かなり酷な仕事になるだろう。
納得した李津はうなずいてから、交互に二人へと視線を送る。
「じゃあ今日は3人で行くか?」
「それはすみません。あたしは友だちと出かけるので無理です」
けしかけといて自分は断る莉子に、兄は崩れ落ちた。
「なんだよそれ、薄情者ー」
「兄、そんなにあたしと一緒にお出かけしたいんですか? だったら友だちとの予定をキャンセルするのもやぶさかではないですね! では今日はデートの日にしましょう!! 温水プールデートとかどうです?
「ごめん、俺が悪かった。出かけてください」
「なんですか、自分からその気にさせといて!」
「いやそれそのまま返す! あと遊びに行くんじゃなくて買い出しだからな!」
「うー、ほんとに行っちゃいますよ?」
「どうぞどうぞ」
不服そうに莉子が出かけ、庭で見送っていたつむぎは李津へと振り返った。
「なんかぁ、おにーちゃんが起きるまで、莉子ちゃん待っててくれたみたいでぇ」
「ん? なんで」
「もしかしたらわたしが困らないようにって、心配してくれたのかもぉ。……なんて、それは思い上がりだよねぇ」
要は、李津がつむぎを助けるように、一声かけようと気遣って待っていたのである。
そんな莉子の思いやりと、自発的にそうできなかった自分の情けなさに李津は頭をかいた。
「……思い上がりじゃないよ。すぐ着替える、待ってて」
「えぇ?」
つむぎが首を傾げる。
「買い出し、俺が付き合うよ。暇だからな」
「お、お兄ちゃんぅ〜〜〜〜〜〜!!」
かくして妹から期待の瞳が向けられる。
こういうのが苦手なんだよと思いながらも、悪い気はしない李津だった。
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