一緒にお昼、うれしいかも

 登校初日から様子がおかしかったつむぎ。


 けれど、彼女に話す気がないのなら物的証拠に問うしかなかった。


 そこで李津はLINEを選んだ。


 人間関係の構築が苦手な人の連絡先が真っ白だというのは、身を持って知っていたからだ。


 しかしそれを引っ張り出すためには、ひとつ障壁がある。


 それは、自分から率先して見せなければならないということ。兄としてのプライドを犠牲にしなければ得られないのである。


 どうして自分がそこまで……という葛藤はもちろんあった。


 それでも李津がきびすを返さなかったのは、つむぎの横顔があまりにも悲しげだったからだ。


 果たして李津の捨て身の勝負だが、幸いにも無駄ではなかった。


「えへぇ。あたしぃ、こういうの苦手でぇ」


 つむぎが本心を見せた。


 暖を取るように胸の前に両手を当ててうつむくつむぎは、座ったまま自嘲した。


 隣に立つ莉子が、おそるおそる尋ねる。


「おまえ、今日の昼休みも一人だったんですか?」


「うん」


 つむぎが小さく肯定するのを聞いて、李津はもうひとりの妹へと声をかけた。


「莉子、つむぎと一緒に昼ごはんを食べてやれないのか?」


「やめてっ! そういうのは、大丈夫なのでぇっ!!」


 莉子が返事をする前に、つむぎが大きな声で遮る。


「気づかいはうれしいよぉ。でも、莉子ちゃんもクラスの交流やお付き合いを大事にしてほしくて。邪魔はしたくないからぁ」


「むぎ……」


「わたし、こーゆーの慣れててぇ。むしろ、莉子ちゃんに迷惑をかける方が嫌だからぁ」


 つらいはずなのに、無理やり笑おうとする妹。


「……だったら」


 その姿は、李津が思わず口を挟むほどには痛ましい。


 だから彼は提案した。


「つむぎが一緒に過ごす相手が見つかるまで、昼は俺のところに来るか?」


 つむぎは長い前髪からのぞく目を、これでもかというほど見開いた。


 だがその提案を受けて叫んだのは、なぜか関係のないもう一人の妹の方である。


「え、そういうのあり!? それに兄、渡邊さんはいいんですか?」


「話せばわかってくれると思う、いい人だから」


 メシ友だと、嘘をついていた李津の目は泳いでいる。


「そんな! だったらあたしも一緒にっ」


「それだとつむぎが遠慮した意味がないだろ?」


「わっ、わかってますよっ。言ってみただけです……」


「あ、あのぉ〜」


 肩を落とす莉子の向こう側で、つむぎはおどおどしながら李津を伺った。


「おにーちゃんが迷惑じゃなかったらぁ、一緒にお昼、うれしいかも」


 李津はその答えを聞いて、ホッとした。


 これには少々、打算があった。


 ひとりでランチを食べるのがいかにクラスで浮く=目立つかということを、本日体験したばかり。


 たとえ妹でも、昼時は誰かが一緒にいた方がいいだろう。しかもつむぎなら、変に他人と食べるよりも静かそうだ。気を使って楽しいおしゃべりを提供する必要もない。


 よって、李津にとってつむぎは、ちょうどいいランチ仲間になり得るといった判断である。


「むぅ。じゃあ兄、あたしにもなにかしてくださいよー」


 おもしろくないのは莉子だった。


 自分だってつむぎを気にしてあげていたのに、いいとこだけ持っていかれた気分である。


「なにが?」


「なにがって、むぎばっか兄と二人で過ごす時間あるとかズルいじゃないですか」


「? そんなに無理に俺の機嫌を取らなくても、追い出さないけど」


「は……なんですかそれ」


 縫い糸を引いたように、莉子の眉間がキュッと寄った。ふざけんなとばかりに、目の前の兄をにらみつける。


 ただしにらまれた男、残念ながら天然である。


 彼は意地悪なことを言ったつもりはない。純粋に、莉子にヨイショはしなくていいと気遣った上での言葉だった。


「兄のバカ!!」


 状況が読めていない兄に吐き捨てて、莉子は2階へと駆け上がって行った。


 静まり返ったリビングには、まったく場にそぐわないチルいミュージックが流れ続けている。


「あ、あの、おにーちゃん? 今のはさすがにぃ」


「みたい……だな。悪い」


 顔を引きつらせて、李津は椅子から立ち上がった。





 

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