有宮家のピンチです!
◆
騒がしい一日は無事に終了した。
ちなみにあれだけ囲まれたにも関わらず、誰にも連絡先を聞かれなかった李津はショックで胃を重くしながらの帰宅である。
疲労困憊で玄関を開けると、カタパルト射出の勢いでツインテールの少女がリビングのドアから飛び出してきた。部屋着の少女と学ラン男子は、お互いにまん丸な目を
李津の胸がどきりと高鳴った。
それはかわいい女の子が学校の帰りに出迎えてくれたからか、単純に驚いたからかはわからない。
なぜなら、考える暇なく、手首をむんずとつかまれたからである。
「兄、大変です!!」
その顔は真剣そのもの。
莉子はリビングにつながるドアに李津を押しやると、背中を叩いた。
妹の意図を汲み取り、薄く開いたドアの隙間へと李津は顔を近づける。
リビングのさらに奥。ダイニングに制服姿のつむぎが座っているのが見えた。
さらに目をこらしてみれば、軽くうつむいて口元を動かしているようでもある。
「……そんなことないのでぇ〜。大丈夫、頑張れるからぁ〜」
ボソボソとだが、確実に誰かと会話していた。しかし部屋には一人きりである。
青ざめた李津は、隣の妹を肘でつつく。
「なんだあれ。電話、じゃないよな?」
「でかい独り言ですね」
「怖っ!!」
思わず李津が後ずさろうとするのを莉子は許さない。ぎゅっと腕に絡みつき、素早く行動を制圧した。
ついでにおっぱいも押し付けて、混乱させる所存。セクシーな妹の魅力にドキドキさせてやれと、心中はしめしめ、声はキリッと捻り出した。
「有宮家のピンチです!」
「なにがあったかは知らないけど、言ったよな? 面倒ごとを持ち込んで、俺に迷惑をかけるなって」
「えっ……あれ?」
おっぱい攻撃に一切動じない李津に、莉子は大きなショックを受けた。
これは李津の理性が立派だった――というわけではない。大和撫子もびっくりするほど、控えめすぎた双丘のせいである。
もはや、双丘という言葉もおこがましい。その手持ちでイケると思った莉子の傲慢さには、深い反省が所望される。
「最低」
「えっ!?」
つむぎが大変だという話を差し置き、勝手に腹を立てた莉子。言葉に異様に心が入っていたせいで、李津は理不尽にうろたえることになった。
兄への期待を諦めた妹は、仕方なく話を戻す。
「それにしてもです。こういうトラブルは初日になんとかしないと、後々もっと面倒になるのは兄の方じゃないですか?」
「な、なんでだよ」
「なんにも吐かねーんです、あいつ。だけど隣のクラスまで、むぎが浮いているって話は届いてるんですよ。あれは初手に人間関係ヤッちまってますね。他人なら放置でもいいですが、あたしたちは兄妹です。そのうちこっちに火の粉が降り掛かること必至ですよ?」
「火の粉って」
「だってこのままだと、有宮兄妹、悪目立ち一直線ですよ! 早めに振り払っておく方が、兄のスローライフ計画は叶うんじゃないですか?」
問題解決は早々にしておきたい兄の性質を、莉子はよく学んでいた。まさにそれを突かれてしまえば、李津は見ないふりができなくなるのだ。
「あれ。おにーちゃん帰ってたの? おかえりぃ〜」
広くもない家の廊下でごちゃごちゃやっていれば、さすがにつむぎも気づく。
観念した二人はドアを開けて、素直にリビングへと入った。
「た、ただいま〜……」
焦りで李津の声は裏返る。挙動も不審。そろりそろりと歌舞伎のすり足の要領で少しずつ歩を進めている。
室内にはK-POPが流れていた。
ダイニングテーブルを見やれば、手付かずのお菓子や紅茶が並んでいる。
莉子がつむぎを励まそうと空回っていたのを察し、李津はいたたまれなさを覚えた。
「が、学校の初日は、あれだ、すげー疲れたな〜。そうだよな、莉子?」
「下手ですかっ」
棒読みな兄の背中を莉子はたまらずどつく。
もう空気は最悪まで引き下がっていた。
「つ、つむぎはどうだったんだ?」
「普通だったよ」
用意をしていたかのように淀みなく答えた真っ黒の妹、すさまじい陰気を身体中から放っていた。これがホラー映画なら新人賞の総なめ間違いない。
(いやいやいやいや! この状況で話なんて無理だろ!! 明日、せめて今日の夜に出直させてくれ!!)
と、心の中で大騒ぎする李津だ。完全に心を閉ざした人間から本音を引き出せる見込みなど0である。
李津はキッチン側から廊下に続くドアを一瞥した。逃走経路の確認である。
だが、何もしてやれなかったつむぎにも、頼ってくれた莉子にも申し訳ないという後ろめたさはあった。せめて出ていく前に「無理するなよ」と声をかけようとして、李津は足を止めた。帰宅後、彼女の顔をまじまじと見たのはこの時が初である。
ぱちりぱちりとカメラのシャッターを切るよう、大仰に瞳をまばたかせるうちに、始終迷惑そうだった李津の顔が引き締まっていった。
逃げ腰だった身体は、天井から吊るされたように真っ直ぐに。
李津はお腹の底に力を入れると、両妹に視線を巡らせた。
「よし。全員揃ったことだし、第一回・有宮家デュエルをする!」
「…………は?」
変な声を漏らしたのは莉子だった。突然意味不明な発言をする兄に、不信感バリバリの目を向けている。
しかし李津は、一度出したカードは引かない。
分が悪いのはわかっていたが、勢いだけでゴリ押した。
「今日、一日でどれだけLINE交換できたか
「なっ、何言ってんですか? 普通にヤですよ! 個人情報が入っているし、スマホなんてむやみに他人に見せるものじゃないです!」
「他人?」
サッと顔色を変えた妹の隙につけこみ、李津はたたみかける。
「家族だとか言ってたのは誰だったっけ?」
「ず、ずるいですよ今それを持ち出すのっ。それに、これになんの意味がっ!?」
「何度も言っているけど、俺はおまえらと無駄な干渉をしたくない。でもおまえらは俺に構うよな? はっきり言ってうんざりなんだよ」
「え……」
「上下関係をわからせるためにも、勝負事は
「そん、な……」
涙を浮かべる莉子を無視して、李津はスマホを掲げた。
「異論はないな。出さなくても負けだぞ、つむぎ!」
「え? うえぇ〜!?」
「いくぞっ、
有無を言わさない李津の掛け声により、全員が少しの誤差はありつつも一斉にダイニングテーブルの上にスマホを出した。
三人はゆっくりと身を乗り出して、それを覗き込む。
「……兄、よくそれで自信満々に出しましたね……」
莉子が呆れるのも当然だろう。
李津の出したLINEの友だちページには、二人の妹とピザ屋、お金配りおじさん、そして1人のネッ友しかいない。
「あ、でも、アルって人がいますね。が、頑張ったんじゃないですか……?」
それがネッ友である。
ネッ友のおかげで友だち0を脱した李津だが、それでも1人。新規は0人。
めちゃめちゃダサい。
自分で言い出したもののたまらなくなり、莉子の気づかうような視線を手で散らした。
「お、俺は明日から増える予定なんだよ。今日は種を蒔いてきたってだけで!」
「へー、あたしは当日に摘み取りまくりましたが?」
言うだけあって、莉子のLINEには登録者数82人となっている。1クラスが30人だから、2クラス半強。コミュ力の化け物は格が違った。
「先輩や先生とも交換しました!」
かぶせてそんなことを言う妹なぞ、敵認定である。
上機嫌に鼻を鳴らしていたまな板ツインテールだったが、視線を少し横に移動してわずかに瞳を揺らした。
隣で開いていたつむぎのスマホ画面には、李津と莉子の名前しか表示されていなかったのだ。
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