あの子、俺に気がある?

 「なにかおかしい」と感じた理由は、視線、である。


 李津たちのやりとりを見ていたらしい周りの生徒が、李津と目が合うのを避けるように一斉に顔をそむけたのだ。


 転校生に集団いじめか?と少し気分を害する李津だったが、そんなことよりも自分には新しい出会いが待っている。再びチケットに視線を戻した。


「でもこれ、本当にもらっていいのか?」


「はあ? んなわけねーだろ」


「え?」


 なんの前触れもなく、つい数秒前まで談笑していたワカメくんの表情が一瞬のうちに冷たくなった。態度も明らかに高圧的に変貌している。


「1枚2500円。もちろん現金な」


 ぽかんとする李津に、ワカメくんはさらにチケットの束を取り出し、無理やりぐしゃっと握らせる。


「こっちはダチを紹介するんだから、有宮くんも誰か連れて来ないと割が合わないよなぁ? ほら10枚売って来い。これはおまえの買取りだからな?」


 顔を近づけて、ワカメくんはニチャアと笑った。


 李津の手には現在11枚のチケットが握らされている。しめて2万7500円。それは普通の高校生が気軽に払える額ではない。


 ようやく、クラスメイトの視線の意味を李津は理解した。


 あれはいじめではなかった。


 無知な転校生が、まんまとカモられている・・・・・・・のを、心配してくれていたのだ。


 「友だちになってくれる」という甘い文句に、本心で喜んでしまった。自分の純真を裏切られた気分になって、李津は胸を痛めた。


 いわく、なんなの、と。


 朝から散々すぎないか、と。


「……割が合わない?」


「ああ?」


 言葉を返されるとは思わなかったのだろう。ワカメくんは不機嫌そうに振り返った。


 そのふてぶてしい顔面に向かって、朝からいろんなストレスが溜まりに溜まっていた李津は、容赦なく言葉をぶつける。


「俺は知らない土地で10人を集めるか、2万7500円を自腹で払わないといけない。それに比べておまえは俺をライブに呼ぶだけだ。どう考えてもバランス取れてないだろ、大丈夫か?」


「はあぁ? 文句あんのかてめぇ」


「おまえ見た目は成人なのに、頭がついていってないんだな。気の毒だけど、もう少し思慮深くなった方がいい」


「っ!!」


 顔色がぐわんと変わるワカメくんだが、なぜか黙ってしまった。


 誰かが「ぷっ」と吹き出したのを皮切りに、くすくすと各方面から笑い声が聞こえてきた。ワカメくんは鬼の形相で周りを見回す。


 これに李津は焦った。初対面の人に、少し言いすぎてしまったかもしれないと後悔する。


 クラスメイトと険悪になりたいわけではない、むしろ逆。


 ワカメくんのプライドを守るため、すぐにフォローに切り替えた。


「でも、大人びた外見の男はcoolクールでいいよな!?」


 普段しないウインクまで大放出。


 残念ながら、李津の気遣いは的外れだった。それを示すように、プチン、となにかが弾ける音がした。


「ふっ! ふざけんなあああーーーーーっ!!」


 激昂するワカメくんは、李津の襟元を勢いよくつかんで立ち上がった。生まれたてのゾンビのような、血走った目が怖い。


「コラァ! にのまえ!! おまえなにやってんだ!?」


 しかしHR中。殺人者を出すわけにはいかず、すかさず教師の叱責が飛ぶ。


「チッ、転校生てめぇ覚えてろ! あと、今笑ったヤツらもただじゃおかねえからな!?」


「ぼ、僕は笑ってないですっ」


 近隣の男子が、にのまえと呼ばれたワカメににらまれてすくみあがった。


 解放された李津は、首を傾げてつぶやく。


「……大人っぽいのなにが気に入らなかったんだ?」


 海外の学校では、大人っぽい男ほど女子にモテた。自分だってそうなりたいし、褒めたのに怒られるなんて納得できない。


「ぶふっ!!」


「てめえ、やっぱり笑ってんじゃねーかよ!!」


「いやっ、これはっ、ちがっ、転校生がーっ!!!」


 半泣きで抵抗する近隣男子、何も悪くない。完全にもらい事故である。


 そこに再び教師が声を上げる。


「おい、にのまえ! 邪魔するなら授業を受けさせないぞ!?」


「くっ!」


 にのまえは苦虫を噛み潰したような顔で前を向いた。反抗して、わざとらしく李津の席に椅子の背をぶつける。まだどこからかクスクス笑う声が聞こえて、耳が真っ赤になる彼だった。


 つんつん。と、李津の腕をつつく指がある。


 顔を向ければ、隣の席の女子がそろっと、椅子ごと李津の席へと身を寄せて来るではないか。


 重めなボブカットにスカートは長めの、中肉中背な少女である。大人しそうな見た目をして大胆な行動に、李津はどきりとする。


「あの人……にのまえくんは3年留年していて、わたしたちより3つ年上」


「えっ、3年も!?」


 ビクッと前の席のワカメ頭が揺れた。


「しっ! ……留年のことを言うと怖いから気をつけて。あと、あの人あんまりよくない噂があるから。深く関わらない方がいいと思う。……それだけ」


 忠告だけすると、隣の女子はサッと自席に戻る。


(あの子、俺に気があるのかな?)


 こんな状況にも関わらず、李津はソワソワしていた。初手で席を離されたのも、照れていただけかも?


 自分のことを好きかもしれない子が、「あの人と付き合うのをやめて」と言うなら従おうと思った。安直系チョロ男である。


 李津は教卓へと視線を戻す。すっかりにのまえのことより、心は恋愛路線ラブコメ。頬が緩みそうになるのを抑えていた。



 そんな彼、ネタバレをすると隣の席の彼女にはめちゃくちゃ嫌われるのだが、そんな悲しい未来など、1ミリも想像できるわけがない。




 

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