友だちになってやろうか?

「はじめまして、有宮ありみや李津りつです。ええと、ただの人間には興味ありません。このなかに宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら話しかけてください。以上」


 決まった――。


 ドヤ顔は我らが主人公。


 しかし教室は、シン……と静まり返っていた。


 こちら真夏の外気とコンビニの店内くらいの温度差である。


 教室の前に立たされた李津は「なんで?」と、頭の中を真っ白にしていた。


 一応説明すると、昨晩、遅くまで研究に研究を重ねて完成したのが先ほどの自己紹介。「帰国子女です。ウィットに富んだセンスのいい自己紹介を教えてください (>人<;)」と、ネット掲示板で相談した結果である。


 5ch民のおもちゃにされていたことに気づかず試行する有宮李津。彼は天然だった。


 一方で、なぜか顔を赤くし、俯いてしまう生徒が続出していた。


 これを「共感性羞恥」という。


 他人の失態をまるで自分ごとのように感じてしまう心理。


 元ネタを知ってても知らなくても襲い来る、まじ卍な心境。


 「恥ずかしい」「ツラい」「生きていけない」「まぢムリ」「コロ……シテ……」と、クラスメイトたちの感情は死屍累々だ。


 もちろん李津は望んでいなかったが、確実に何人かの心に傷を与えてしまった。


 この日より「思い出すから顔も見たくない存在」と敬遠されてしまうことになる。


「そ、そうだ、有宮くんは海外にずっと住んでいて、英語がペラペラなんだよな。なにか英語で自己紹介をしてみたらどうだ?」


 元ネタにドンズバ世代な担任教師。なんの偶然か、自身も学生時代にこれで失敗をしたクチだった。共感性羞恥に顔を赤くしつつも、教室の不穏な空気と思い出したくない過去の自分を払うためフォローを出す。


 結論を言うと、それは功を奏した。


 英語に反応した進学希望のクラスメイトたちから、「おー!」「聞きたい!」「すげー」などという声と、羨望の眼差しが注がれたのである。


 転校生のお株の復活は大成功。さすが軍師、経験がものを言う。


 再びチャンスを与えられた李津は、希望を取り戻し、教師に向かって鷹揚おうようにうなずいた。


(ありがとうございます)


(ああ、行ってこい!)


 ――そんな言葉を、男たちは目で交わしたのかもしれない。


 そして再び、李津は教卓からクラスを見渡した。


「OK……I'm Ritsu Arimiya. I’m not interested in ordinary people. But if any of you are aliens, time travelers, or espers, please come see me. Thank you.(有宮李津です。ただの人間には興味ありません。このなかに宇宙人、未来人以下略)」


 お膳立てを活かせない有宮李津。彼は天然だった。





 自己紹介を切り上げ、とぼとぼと廊下側最後尾の自席に戻れば、隣の女子は微妙な表情を浮かべて席を離した。わかりやすい拒絶に、離された本人はかなり落ち込んだ。胃痛もしている。


 肩を落として、李津はこっそりとスマホを握りしめた。彼の友人と呼べる人物を問えば、現在ネッ友1人だけである。


 静かに過ごしたいとはいえ、限度がある。リア友0というのは流石にエグい。


 だからこそ、自己紹介に人生をかけて挑んだというのにこの有様だ。


 帰ったら5chにDDoS攻撃だなと、わりと元気に恨みつらみを溜めていた。まったくもって懲りない男である。


「よお」


 と、教師の目を盗み、前の席の男子が振り向いた。


 ワカメみたいなパーマを頭のてっぺんに乗せ、サイドは刈り上げのイカツいヘアスタイルの男だった。高校生なのにヒゲ面で、学ランが浮く容姿をしている。


「あ、うん?」


 戸惑いながら応答する李津に、ワカメくんはニヤつきながら顔を寄せてきた。


「なあおまえ、俺が友だちになってやろうか?」


「えっ!」


 思わず李津は声を上げた。素でうれしそうだった。


 彼の頭に浮かぶのは、ジャパニーズラノベでよく見る、主人公には必ずバディになる親友がいるパティーンだ。


 これがそのイベントか!?と、実にわくわくしていた。


「よかったら週末、これに来いよ」


 ワカメの胸ポケットから取り出されたのは1枚のチケット。場所は隣駅前のライブハウスと書かれていた。


「仲間内のライブなんだ。イケてるヤツらが集まるし、有宮くんも新しい友だちが増えるぜ?」


 しかもなんという気遣いだろう。こちらの交友関係も心配してくれているではないか。


 ライブか、と李津はつぶやいた。海外在住のときは馴染みのなかったものだが、おそらくホームパーティのようなものだろうと理解した。


「あ、ありがとう。いいのか?」


「当然だろ」


 絶望が一転、感動にシフト。目が潤むのを悟られないように、李津は照れながら顔をそらした。


「……ん?」


 そこでふと、違和感に気づく。



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