Storie of sisters

4話 妹は学校でもうまくやる

見ていきます? 妹のお・ぱ・ん・ちゅ♡

(う……体が……重……い……)


 有宮ありみや李津りつは夢うつつでうなされていた。


 自分がベッドにいるのはなんとなくわかったが、体が動かないのは初めての経験だった。これがSleep paralysis金縛りというやつだろうか。


 しかし、聡明な彼は慌てない。


 物の本によれば、金縛りはレム睡眠による筋肉の弛緩が原因だ。脳は目覚めているが脊髄が脳の指令を止めるため、首から下の筋肉が動かない状態になる。


 しかし、妙に重みがリアルだった。


 具体的には、15歳前後の女子がひとり上に乗っているような……。


 ……。


「むにゃー。うーん。すぴー」


「おい、人の上ですぴるな。起きろ、つむぎっ!」


 気持ちよさそうに上で丸まっているつむぎの額を、李津はぺちりと叩いた。


 (3ω3)という感じの幸せそうな顔が「ぴぃ!?」と叫んで、普段の薄幸顔にチェンジする。


「ん……おはよぉ、おにーちゃん? ん、あれぇ……」


「もしかして寝ぼけてる?」


「はっ!? あれ? ごめんなさい、ごめんなさいっ〜。おにーちゃんを起こそうと思ったんだけど、わ、わたし朝とか苦手でぇ、それでぇ〜」


 なんだか弱い者いじめをしているようで、李津は気まずさを覚える。


「いいよ、おかげで目が覚めたから。起きるから離れてくれー」


「よいしょ、んちゅっ」


「いやなんで!? 離れろつったよなぁ!?」


 なぜか頬にキスされて、李津の目は完全に覚めた。


 兄をベッドに押し倒す格好で、つむぎは拍手のようにまばたきをしている。


「えぇっ? 海外風に朝のあいさつしたんだけどぉ」


「あー。えーと……」


 悪気なく首をかしげる漆黒を見据えて、完全に理解。李津は頭をかきながら上半身を起こす。


「おまえの勘違いが2つあって。ひとつは海外でキ、キスするのはその、かなり親密な人間だけなんだ。それともうひとつ。キスつってもあれ、チークキスっていって、頬を合わせてるだけだから」


「…………えええ!? 騙したあ!?」


「おいこら! とても人聞きが悪いっ!!」


「ひぃ、よしなにぃ〜!」


 バチッと目が合う。言い合う顔が近いことに今さら気づき、二人はドギマギして顔を逸らした。


 ようやくベッドから降りたつむぎは、もじもじとドアの前に立つ。


 ピカピカの制服を着ていた。


 それを眺めて、今日から学校が始まることを李津は思い出す。三人は春の新学期に合わせて、同じ高校に入学&編入することにしたのだ。


 つむぎが着ているのは白いセーラー服で、水色のリボンが胸に映えている。まだ着られている感じがかわいらしい。


 おかげで李津の制服は学ランだった。


 日本の制服が初めてということもあり一度試着をしてみたが、コスプレをしている気分になり、早々にクローゼットへぶちこんでから見ていない。


 ちなみに李津は知らないが、莉子が羽織ってマーキング済みである。


 そんな制服に自分も着替えたいのだが、なぜかつむぎは一向に出ていく様子がなかった。


 パチパチと目配せすれば、不器用に顔を崩してニヤけている。


「? 着替えたいんだけど」


「えぇえ〜! ファンサじゃなかったぁあ〜〜! ごめんなさいぅ〜〜〜っ!!」


 つむぎは目を限界まで見開いて、部屋を飛び出して行った。


「おかげでしっかり目ぇ覚めたな……」


 それもこれも、おもしれー妹のおかげである。


 李津は着替えた。




 ◆




 身支度を整えて洗面台へ降りると、もう一人の妹が髪の毛をツインテールに結んでいるところだった。


 莉子も制服姿で、普段と違った雰囲気がまぶしい。


 李津に気づくと、莉子は手を止めずに一歩奥にずれた。


「おはですーって、うわああっ!? あああ兄、バチバチにシコ……似合ってますよ!」


「おまえ今なんて言おうとした?」


 莉子はよだれが垂れそうな口元をきゅっと引き締めた。しかし頭の中では「学ラン! 学ランだー!」と、りせいほーかいりこちゃん3さいが大ハッスルしている。


 できればこの狭い空間で、李津@学ランのにおいを思いっきり吸い込みたい。けれどそんなことをしたらドン引き必至のため、バレないように小さくスンスンやっている。


 李津が顔を洗い始めた。チャンスとばかりに、莉子は李津の背中に思いっきり近寄ってススンのスンである。それでも足りない。思い切って限界まで近づき、スウゥーーーッと鼻から息を吸い込んだ。


 ごちん!


「!! ゴホッ! ゴホゲホゴホッ!!」


「? なになになに!? だ、大丈夫か?」


 李津が顔を上げたとき、背中が莉子の鼻にブチ当たった。


 せっかく吸った空気は全て、自然にお帰りになってしまう。


「だ、大丈夫です……。はいこれ」


 ごまかすように莉子はタオルを李津に渡した。無念さを噛み締めているのか、なんとも言えない表情になっている。


「さんきゅ」


「無問題です……」


 諦めて、莉子は支度を再開した。化粧をしなくてもツヤツヤの肌にぱっちりとした瞳。赤い唇が映えている。


 そんな彼女の姿に李津は目を奪われた。やっと妹との同居に慣れてきたと思っていたが、制服の女子となるとまた別物。謎の緊張を覚えながらも、身支度を整える妹から目が離せなくなる。


 そうしていれば、莉子と視線がぶつかった。彼女は不思議そうに、大きな瞳をぱちぱちと何度かまばたかせている。


 気恥ずかしさに慌てる李津だが、すぐに出て行けば見とれていたのを肯定する気がしてしゃくだった。だから、特に用事もないのに。


「そういえば、莉子……」


 なんでもいいから話のネタを探して、制服に視線がいく。


 李津の視線は、ぷりんと露出した健康そうな太ももで止まった。


「……スカート、短いんじゃないか?」


 二人の間に少々沈黙が流れる。


 その一瞬に、李津がバキバキに赤面するのは避けられなかった。


「へぇ?」


 莉子はうれしそうに口の端を上げる。


「兄ってば、あたしのこと心配なんですか?」


「え? は?」


 問いかけの意味が理解できず、李津は赤面のまま口端を引きつらせた。


「妹がモテるとさみしいとか?」


「ちがっ! 俺はただ、制服店の店主の仕事に不備があったのかという心配をしてただけだよ!」


「ふふふ。だいじょーぶですよ。これわざとですから」


 莉子がスカートの裾をつまんで持ち上げる。


「だって、これくらいの丈のがかわいくないですかー?」


 舞台の緞帳どんちょうが持ち上がるように、じりじりと真っ白な太ももが露わになっていく。


「お、おい、冗談はやめ……」


 口ではそう言っても体は素直とはこのことである。李津の視線はあやうい脚に釘付け。ガン見していた。


「二人きりですし、いいですよ♡」


 あと少し。スカートがももの付け根に到達してしまう。


「見ていきます? 妹のお・ぱ・ん・ちゅ♡」


「みっ!? 見ぬ!!」


 李津は硬直を断ち切るように叫ぶと、洗面台を飛び出した。


「ぷっ、あははは! 見ぬ! て、武士ですかー? きゃはははは!」


 チキチキ・チキンレース、勝者莉子。


 後ろから聞こえてくる笑い声に、あいつ……まじでいつか泣かすとかなんとか。ぎりぎりと歯を食いしばりながら李津は逃げた。





 リビングのドアを乱暴に開けると、ダイニングテーブルに向かっていたつむぎがビクッと肩を震わせて振り向いた。それで李津も我に返る。


「あっごめん、驚かせた?」


「おにーちゃん、これぇ……」


 戸惑う彼女の手には、真新しいスマホが2台握られていた。


「お弁当を用意してたら、見つけちゃってぇ」


「うん、それおまえらの分。学校も始まるし、ひとり1台は必要だろうと思って用意しておいたんだけど」


「え、うそ!? いいんですか!?」


 話は廊下まで聞こえていたらしい。莉子もリビングに飛び込んできた。


「うわ、最新のiPhoneだー! ありがとうございます!!」


「べ、別にたまたまだから。防犯のためにも連絡が取れるものは必要だし。あと、学校で持っていた方が友だちができるとかなんとか」


「よくわかんないけど、なんでもいいよぉ。ありがとねぇおにーちゃん。大好きぃ」


「うぐっ!?」


 いくら妹でも、女子からの不意打ちの「大好き」は割と効いた。言葉を詰まらせてしまう李津、ピュアである。


「じゃあ、兄も出してくださいスマホ」


 つむぎからスマホを受け取った莉子が振り返った。


 制服を着た二人が。


 今日から晴れて女子高生になる妹たちが、李津へと微笑んで。


「3人で連絡先交換しましょー!」


 高校生活一日目の朝が、まぶしくスタートしたのだった。


 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る