extra 01 莉子ちゃんはひとりで眠れない(´×ω×`)
「どーもっ兄」
「どーもじゃない。なにしてんの人の部屋で……」
「えっとお、妹の添い寝サービスでーす」
「出てけーーーーっ!」
李津はベッドの中に潜り込んでぬくぬくしていた莉子を引きずり出し、ポイッと床に投げた。
「えーん、おにーちゃんひどい」
「なにが“おにーちゃん”だよ。さっき俺のことコイツって言ってたくせに!」
「あ、気づいてました?」
莉子にこいつ呼ばわりされたのをしっかりと根に持っていた李津だった。わりと何年も引きずるタイプ。ケツの穴Sサイズボーイである。
「俺も少しの間くらい優しくしようと思ってたよ。でも、部屋はさっき決めたよな?」
今日寝泊まりする部屋は、三人でジャンケンして決めてある。
李津は階段を上がってすぐの部屋。隣がつむぎで、莉子は1階の和室で寝ることになっていた。
なのに。
李津が風呂から上がって布団をめくれば、こうして莉子が隠れていたのである! イリュージョン!
もちろん莉子は寝ぼけていたわけではなく、目なんてギンギンに開いている。ガチ故意だった。
「でも兄妹ですから」
「まだわからないけどな!?」
ぐう正論。ひるみそうになる莉子だったが、訴えかけるように李津をじっと見つめる。
眼力が強い。
怒っているようなスネているような、女の子の独特の仕草。
可愛い女の子にそんな目をされたら――友人が少なく女の子耐性もそれほどない李津には、どうにも光が強すぎた。視線を手で遮りながら、一生懸命に抵抗を続ける。
「だ、だからなっ、こういうのは、あまり褒められたものじゃないというか!」
「どうしてですか? 添い寝なんて小学生だってしますよ?」
「むしろ小学生だからだよ!」
「やーだー! 妹はひとりで寝られないんですー!」
「んなこと言われてもっ」
ドギマギしながら、李津はシングルベッドを横目で捉えた。
彼女がいくら小柄だからといっても、あんなところに二人並べば体は密着するだろう。そんな
「!! あいつ!
女の子同士であれば一緒に寝てもなんら問題がない。「もうひとりの妹」など言い方こそデリカシーがないが、最適な提案ができたと李津はドヤ顔を向けた。
一方、莉子は納得できないという風に眉を寄せている。
「でもあたしが妹として住むことになったら、兄と寝ることになりますよ? だったら今からでも。あたしは別に、兄なら嫌じゃないですから……」
頬を赤らめてうつむく莉子の素直な言葉に、李津の胸はどきりと音を立てた。
何度も説明するのも気の毒だが、友人の少な――いや、ほとんどいない李津に、今までここまで自分を求めてくれた同年代はいなかった。
照れ臭いような、ふわふわするような。初めての感覚はとてもあたたかくて、彼女を守ってあげたい気持ちがあふれそうになる。
妹だし、いいんじゃないか。
くらりと心が傾く。
――だけど彼は頭を振った。
まだ蜘蛛の糸ほど細くて不安定な彼女たちとの信頼を、こんなところで壊していいのか。
答えは、否だ。――耐えた!
「……それについてはおいおい考えるとして。今は変に間違いが起きたらよくないし」
「起きませんけど?」
「……」
「起こす気ですか?」
「あ、あいつに勘違いされても困るだろっ!!」
大墓穴、ホールインワン。煩悩は振り切れていなかった!
必死に否定しすぎるのも逆に怪しく見えてしまう。なすすべをなくし、李津の視線はなにもない宙を泳いだ。
気まずそうな李津の向かいで莉子も顔を背けていたが、彼女の方はというと、こっそりと笑っていた。
今まで自分の頼みごとを聞いてくれなかった男はいなかった。こんなに恥ずかしさを抑えて迫ったのも初めてだ。
思っていたよりも、自分の兄は理性があるらしい。
寂しかったけど少し誇らしい気もした。
これ以上粘っても李津が首を縦に振ることはないだろう。
――だから、今日は彼女が折れることにした。
「別に明日であいついなくなるし、勘違いとか勝手にしとけって感じですけど。……そですね。万が一にもないでしょうけど、あたしが出ていくことになって、残った二人が気まずくなるのも申し訳ないですし」
莉子は立ち上がってドアへと向かった。そして、肩越しに振り返って。
「あたしが残ったら、明日からは覚悟してくださいね! じゃあ、おやすみなさい、兄」
「お、おやすみ……」
優しく微笑み、何事もなかったかのように部屋をあとにした。
廊下を歩く小さな足音が消えたのを確認して。
「………っどはあああ!!」
李津は肺の中の息を全部吐いた。まだ心臓がバクバクしている。
風呂上がりの女子が同じ部屋にいるって、彼的に「それなんてファンタジー?」な状況だ。ポーカーフェイスを貫いていたが、うまく受け答えできていたか記憶がない。
ベッドに顔をうずめてしばらくバタバタしていたが、干したての太陽の匂いに、次第に落ち着きを取り戻していく。
この布団だって彼女たちが用意してくれた。
だったら、信頼を守り抜いた自分は、正しい選択をしたはずだ。
風呂上がりの心地よさに、眠気は次第に訪れ――。
バタン!
「あのおぉ!! 莉子ちゃんがぁ、わたしのベッドに潜り込んで来たんですけどぉ〜〜!?」
起こされた。
「うるさい……。一緒に寝てやってくれ」
「なんでぇ〜? 闇討ちかもぉ〜〜!?」
つむぎは半泣きで、遠慮なく李津の体を揺さぶる。どうやら次はこっちの妹が寝かせてくれないらしい。
「……さっきあいつが部屋にきて、『あたしクーデレなんです。実はつむぎちゃん大好き(裏声)』って言ってた」
「えぇ〜、本当〜?」
「ガチで」
ゴリゴリの嘘で諭す。
「うえっ!! だったらうれしいかもぉ。うへへぇ〜」
「……あいつをよろしくな。おやすみぃ」
ベッドの横にいたツヤツヤの黒髪を、ぽんぽんと撫でる。
つむぎはその行動に一瞬目を見開いたが、しずしずと受け入れた。
すでに目を閉じている李津へ、やさしい眼差しを向けて。
「……はい、おやすみなさい。おにーちゃん、良い夢を」
耳元で甘くささやかれた「おにーちゃん」という言葉は、すうっと李津の頭の中へと染み込んでいく。
(お兄ちゃん、かぁ)
その事実が、妙にむずがゆい。
明日から妹と暮らすという実感が、じわじわとわいてくる。
(まったく。なんなんだよ、妹が二人って。意味わかんねーし)
まどろみに、そっと身を任せて。
(……どっちもクセがあって面倒臭いけど……どっちがホンモノでも、悪くはない……かな)
つむぎが電気を切ったのと同時に、李津の意識は夢の中へと深く潜り込んでいくのだった。
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