おかえり、おにーちゃん
ここで、コンビニ前で立ち尽くしている主人公の話をさせて欲しい。
彼の名は、
小さな頃から海外で暮らしていた彼だが、理由は単純。親が死んだから。
車の自損事故だった。
李津も同乗していたが、ほぼ無傷で救出された。
その後は父の知人に引き取られ、海外へ渡ったのだが……そこで養父母に溺愛されたのである。
テストでいい点を取ったり学校で褒められたりすれば、養母は近所の人を呼び、すぐに盛大なホームパーティを開いた。
成績優秀な李津も、テストの点数がよくないことだってある。そんなときですら「丸がついてるだけでもすごい!」と、ホームパーティ。
きっと0点でも、なにかしらでどんちゃんパフパフされるのだろう。
そんな慈愛に満ちた育ての親のことを、李津はこう思っていた。
マ ジ 、 あ り が た 無 理 。
李津はあまりはしゃぐのは好き方ではなかったし、むしろ静かに暮らしたかった。
しかしこのパリピ保護者がいる限り、それは叶わない。
そこで、身の回りのことが一通りできるように訓練した彼は、育ての親を説得し、自分だけ日本へ帰らせてもらうようにした。
母国とはいえ、日本は12年も離れていた。知らない町に向かわされ、出迎える大人もいない。
「今度こそ、ひとりきりになったんだな……」
ぽつり、と哀愁を漂わせてコンビニ前でつぶやく彼だ。
気丈に振る舞ってはいたが、まだ未成年。
きっと、心細さを感じて仕方がないのだろう――。
「っし、俺は自由だーーーっ!!」
一切、感じていなかった!
むしろガッツポーズし、ふへりと笑みを浮かべている。
「やってやったぜ!! わーはははははははははは!!」
ぽんぽん。
「ん?」
「お客さま。店前で奇声を上げられるのは近所迷惑になりますので、ご遠慮願いたいのですが」
「アッハイスミマセン……(小声)」
マナーについてコンビニ店員にガチで叱られる、李津16歳だった。
◆
育ての親が、彼を日本に送る代わりに出した条件がひとつあった。
それが「妹と暮らすこと」だ。
妹。
事故車に乗り合わせ、生き残ったもうひとりの人物。
李津は全く覚えていなかった。なにせ事故は彼が4歳のときだ。
ひとつ下の妹は、李津とは別の大人に引き取られたのだが、彼らは養育費だけ懐に入れて蒸発した。
それを李津の養父が知ったのは、妹が児童養護施設に預けられてから一年後のこと。海外からはどうすることもできず、養父はとても胸を痛めていた。
妹を引き取って一緒に暮らせる。
未成年の李津が親元を離れ、日本で暮らすことを許されたのもそういった理由からだ。
李津も実の妹と一緒に暮らすことに異論はなかった。
ただ――。
離れていた期間は12年。16歳の彼には長過ぎる時間だった。
今さら妹が出てきても他人としか思えない。
急に兄妹だと言われても、お互いに困惑するだろうし、気苦労もあるだろう。
それでも李津は帰国を選んだ。
これから待ち受ける困難を、すべて受け入れようと覚悟して。
それは16歳の彼にとって、重すぎる決断だったのではないか――。
「よく知らない方が放っておけるし、好都合だな。ふへへへ」
一切、受け入れる気はなかった!
むしろ膝を叩いて喜んでいる。
妹と一緒に住むのはいい。まったく構わなかった。
ただ、受け入れる気はない。
血の繋がり? なにそれ美味しいの?
今さら妹なんて言われても興味なし。ドライな関係こそ、これからの生活に彼が望む展開だ。
「ふはっ、ふはははははははははははっ! えっ」
町中で高笑いする李津の顔にライトが当てられた。まぶしくて手で遮れば、目の前で自転車が止まる。
制服を着た初老の男性は、自転車にまたがったまま李津を上から下までじっくりと観察して。
「トランクケースを転がす不審者が、ニヤニヤして歩いていると通報を受けたんだけど……きみ?」
「……」
外ではもう一生大人しくしよう。傷つく李津16歳だった。
◆
「ここじゃないかな、3丁目の2011」
「すみません、どうもありがとうございました」
「無事にたどり着いてよかったよ。それじゃあね、おやすみ」
親切なお巡りさんはそう言って、軽快に自転車を飛ばして去って行った。
李津が見上げるのは庭つきの一軒家。
「うーん」
門の前で
これから暮らす家は空き家だと聞いていたのに、明かりがついている。若干、生活の気配もしていた。
「ここじゃないのか? いやでも……」
表札には『片桐』と、確かに養父の苗字がある。
十中八九間違いなさそうだが、万が一他人の家だった場合を考えるとどうしてもチャイムを押せない。
「あっ、来た!」
そのとき、頭上から少女の声が降ってきた。
少し高めの鮮やかなトーンは、矢を射るように真っ直ぐ李津へと届く。
反射的に顔を上げると、2階の窓から誰かがのぞいているのが見えた。しかし、逆光で顔は確認できない。
せっかく出てきた顔はサクッと引っ込んだ。代わりにバタバタと階段を降りる音が聞こえる。
それで李津はピンと来た。
たしか李津の帰国に合わせて、今日か明日には妹も家に来るとかなんとか。
(
妹。
いろいろとかける言葉なども考えていたのに。姿を見たせいで頭が真っ白になり、一瞬で全部吹き飛んでしまった。
バタバタ。
足音が近づく。
バタバタバタバタ。
ドタバタドタバタ。
緊張しすぎて、足音が二重に聞こえるような気もしてきた。
そしてついに、勢いよく目の前のドアが開け放たれ、玄関ライトが彼女たちの姿を映し出す。
(ん……? 彼女、
「おかえりなさい、兄!」
右側にはギャルギャルした茶髪ツインテールの小柄な少女。
「おっおにーちゃん、おかえりぃ〜」
左側には肌が真っ白な黒髪の……というか、こちらには見覚えがある。
「あ。おまえ、さっきのキス泥棒!」
「え! えええぇぇぇぇ!? なっ、なんでぇ〜〜〜〜!?」
「は? 二人知り合いなんですか? てか、キス泥棒ってなに!?」
ツインテールの少女の視線は振り子のように、李津と黒髪の女の子を行ったり来たり。
ところで感動的(?)な再会を喜ぶ前に、李津は疑問を叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺の妹は1人のはずだ。なんで家から2人も出てきたんだ!?」
「はい、妹ですよ♡」
と、胸を張るツインテール。
「い、妹だよぉ?」
と、肩をすくめるキス泥棒。
「なん……だと?」
声に出したい日本語を、ここぞとばかりに使う李津。
そして目を閉じ、天を仰ぐまでがワンセットである。
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