大事にされちゃったぁ
◆
それから二人は、橋を渡った向こう側のコンビニで食料を調達することにした。
李津は遠慮する黒髪に無理やり札束を握らせて、二人分の買い物を託した。
若い茶髪のコンビニ店員が、女の子をリードするように会計するのを後ろからガン見。
なるほど、そう言う感じね。とは、李津の腹の内。
フロムアメリカンボーイ、日本での買い物のデモンストレーションついでに夕飯をゲットである。
◆
「それでぇ、『邪魔だから出てけ』って追い出されてぇ〜」
買い物を終えた二人は、コンビニの外の縁石に腰を掛けて、買ったばかりのパンを食べることにした。
その間、黒髪の少女は自分のターンとばかりに身の上を話していた。壊れた蛇口のように言葉は止まらない。
「わたし、どこに行っても、うまくできなくてぇ」
「んんっ!?」
「今日もぉ、そんな気ないのに怒らせちゃってぇ」
「なんだこれ。パンめちゃうま! ほら、あんたも食ってみ!?」
「えっ? はぐっ」
パンを口に突っ込まれて、女の子は目を白黒とさせる。ここに座ってから初めて黙った瞬間だった。
「へぇ、惣菜パンも種類豊富なんだなぁ。うちの近所のコンビニ、ハンバーガーがゲロの味するんだよ……」
「もぐもぐ」(この人ゲロ食べたことあるんだ……という顔)
「サービスもいいし、清潔だし。やるなー日本」
「??」(あなたも日本人では? という顔)
「満足満足。じゃあ行くわ、サンキュー!」
「待ってぇ! まだ話は終わってないぅ〜!」
流れで離脱しようと試みた李津だったが、そうは問屋がおろされなかった。シャツをつかまれ、仕方なく女の子の隣に座り直す。
解放されるためには、目の前の子を納得させるしか方法はない。一本道ゲーかよと、顔をしかめる李津である。
「OK。で、なに。親とケンカか?」
「そういうんじゃなくてぇ」
女の子の返答は歯切れが悪い。
だったら友人関係か。李津は気づかれないように舌打ちをした。
「あんたはどうしたいの?」
「だからぁ、わたしなんて消えたらいいのに……って」
「ん? そいつが消えればいいだろ。本人に聞いてみた?」
「え、えぇ〜」
コンビニから漏れる明かりが女の子の困惑した表情をまざまざと照らし出した。
相談相手を間違えた?と、戸惑っている。そんな顔である。
「えっと、自分の人生の責任者は自分だろ。関係ない人間にとやかく言わせるなよ」
「でもぉ、わたしがいると、みんな嫌な顔をするからぁ」
「誰かがあんたに向ける悪意を、あんたの人生を消費してまで叶えてやる道理なんてあるのか? 全員が全員、性格が合うわけもない。集団行動に文句あるヤツが、別の居場所を見つければいいんだよ」
「そういうものかなぁ」
「そういうものだ。あーそうだ。あんたにピッタリな魔法の言葉を授けようか」
首をかしげる女の子の前に、李津は人差し指を立てた。そして神妙な顔つきで続ける。
「いいか? 次にダルいこと言われたら、こう言えばいい」
一言一句聞き漏らさまいと、息を飲む女の子に向かって。
「『って、ばあちゃんが言ってた』」
「…………」
マジ顔だった。
「ばーちゃんが言うことなら、大抵の日本人は納得するらしい」
「そ、そうかな……?」
当然、納得していない女の子は、暗い顔で手元のパンへと視線を落とす。
「そもそもわたし、言い返せなくてぇ。自分に自信、ないからぁ……」
李津が絶賛したコンビニパンは、皮の部分しかかじられていなかった。
それが、中身を知らずに存在を否定されている彼女と重なり、李津の胸にコショウを噛んだようなピリッとした痛みが走った。
だからだろうか。
「……おまえの目」
目を回しすぎたトンボの頭が落ちるように、思いがけずポロリと。
「今まで見た誰よりも、俺はきれいだと思ったけど」
言葉は口からこぼれていた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?」
声なく叫んだ女の子はそっぽを向いて、すごい速さで前髪をなでつけて顔を隠した。同時に、彼女の身体はちょっとした暖房器具くらい熱を持ちはじめる。
「んじゃ、頑張って」
李津は立ち上がると、キャリーケースに手をかけた。もう裾は引かれない。
その代わりに。
「あのおっ! ありがとうございました。また、会えるかなぁ?」
青白かった女の子の顔にはすっかりと血色が戻っていて、李津はホッとした表情を浮かべる。
「だったら死ぬとか、もうやめてくれよ」
「……はいっ」
黒髪の少女はいい返事をして不器用に笑った。
先ほどまで幽霊に見間違うくらいには不気味だったが、笑えば年相応のかわいらしさがある子だった。
「へへぇ。大事にされちゃったぁ」
にへにへしながらジュースを飲む姿はとても微笑ましいが、李津も油を売ってばかりはいられない。このまま目的地が見つからなければ、日本初日に野良キャンプである。
まさか野盗に殺されはしないだろうが、あまり積極的にはそうしたくない。急いでスマホの地図アプリを開く。
その心をゆるめた一瞬。
アスファルトを蹴る音がしたあと、李津の頬にぬめっとした感触があった。
「!?」
湿った場所に、女の子の息を感じる。
「……お、お礼とゆうかぁ」
「え?」
李津の目は間近に迫った黒い少女を捉えて、シャッターを切るようにぱちぱちとせわしなく動く。
「おっ、お金、そんなに持ってないし。今の、わたしが差し上げられる精一杯でぇ……そのぉ〜」
自分の行為を思い出し、再びボワッと顔に火がついた女の子。長すぎる前髪で顔がほぼ隠れているにも関わらず、コンビニの明かりのせいで真っ赤になっているのはバレバレだった。
「あうあう……。ご、ごめんなさいぅーーーーーーーっっ!」
ひとりでテンパり、ひとりで叫ぶと、黒髪の女の子は超スピードで走り去った。
残された李津はぽかんとしながら、まだじんわりと熱を持っている頬にそっと触れる。
「…………日本って、あいさつでキスする文化があったのか?」
自身の勉強不足だと勘違いしてショックを受ける彼、まあまあの天然である。
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