第41回配信(蒼目線)僕は知っている

「ちょっと!」


紫友の大きな声が、シンとしたマンションの一室に響く。

なんだ、そんなに大きな声出して。

まあ大体想像はつくけど。

僕は、ため息をつきながら声の方に向かう。

すると、紫友が冷蔵庫を開けて叫んでいた。


またか、僕は呆れてものも言えない。

紫友がキレるのは、日常茶飯事。

そんなことで?ということでもキレるので、手に負えないことも多い。

情緒が不安定すぎて、いつ爆発するかわからない爆弾のようだ。

まぁ、そんな時は龍が手綱を握るからいいんだけど。

全く、紫友はいつも龍に迷惑かけて。

ミニキレも合わせたら、毎日怒っていると言っても過言ではないね。


僕は、あまり怒ることがない。

紫友を揶揄うことはあっても、キレることはそうそうないし、怒ることでエネルギーが削られるのがもったいないと思うタイプ。

だから、あまり僕から怒ることはないが、紫友から喧嘩をふっかけられることで怒ることはある。


だけど、別にかまいやしない。

適当にあしらっていれば、勝手に落ち着くことが多いし、そうでなくても別に構わない。

喧嘩しないと、得られないものもあるしね。


「そんなに叫んでどうしたの」


と紫友に話しかける。

どうせ、何が食べられたとかそんなところだろう。自分で食べたのを忘れているだけだろうに。


「プリンがないの!私の命のプリン!お兄ちゃん、食べたでしょ!」


と紫友はキレながら僕に言う。

いや、食べてない。

だけど、冷静に言ったところでどうせ聞いちゃくれない。

僕は、くだらないことに使うエネルギーがもったいなくて、言い返すのも億劫に感じた。

はぁ、いつものことすぎる。

落ち着くまで、部屋に篭ろうかな?

僕は、紫友から離れるためリビングを出ようとする。


だが、そんな僕の前にふと時計が目に入る。

待って、今16時か。

僕は瞬時に把握する。うん、ならいい。

喧嘩に乗ってあげるよ、紫友。

僕は踵を返し、紫友の目の前に行った。

さぁ、始めようか。


僕は、冷静に返すふうに見せつつ、紫友のボルテージを徐々にあげる。


「知らないよ、どうせ自分で食べたんだろ」

「いつもそうやって、食べたのも忘れて人のせいにして」

「そういうところよくないね。スイーツよりそういうことを学び直した方がいいよ」


そんなセリフを言うだけで、紫友は簡単にのってくる。

さすがだ、こんな煽りに軽く乗ってくるなんて。

どれだけ僕と喧嘩してきてるんだ。

いい加減慣れたらいいのに。

まぁ、そんなチョロい紫友も可愛いけどね。

まぁでも、今大事なのは喧嘩を盛り上がること。

早く来てよ、待ってるんだから。


「お兄ちゃん最低!自分が食べたくせに開き直りすんな!」


僕のつらつら並べられるセリフに言い返す言葉がなくなってきた紫友は、ついに、コップを僕の方に投げるという実力行使へ出た。

いいね、そういう演出いいと思うよ。

しかも、もうそろそろ時間。

この音、聞こえてたんじゃない?最高のサウンドだね。

僕は、ワクワクしながら玄関が開くのを待つ。

さぁ、早く早く。


「ガチャッ」


来た!

この音を合図に、僕もボルテージを上げる。

さぁ、早く止めてよ。そして、いつものあの時間へ行こうよ。


僕は、一通り紫友とやり合うと、部屋へと篭った。

さぁ、どうする?もうすぐ龍が部屋にやってくる。どうやって迎えようかな?

僕は、ウキウキが止まらない。


「コンコンコン」


来た!このノックの仕方と、タイミングは絶対に龍。

だけど、嬉しそうにしたら意味わからないよね?

わかってる。


「なに?」


あ、ちょっと不機嫌すぎた?でもいいよね。

喧嘩してるんだし、これぐらい出したって。


龍は、恐る恐る部屋に入ると僕に語りかけてくる。だけど、どんな言葉も僕は聞くだけ。

何も響かない。だって、僕は怒ってないからね?それよりも、この時間を満喫することが大切。

あぁ、楽しいなぁ。


紫友と暮らしている以上、紫友抜きで龍と話すことは難しい。

そんな僕らにとって、2人で話せる唯一の時間。

それが、龍が喧嘩を止めに僕のところに来てくれる時間だ。

この時間だけは、僕だけを見てくれて僕立てと話してくれる。

この時間が、至福ではなくてなんだろうか。

僕は、この時間を楽しむために喧嘩をしたんだから。


だけど、僕は知っている。

僕の後、紫友のことも落ち着かせに行っていることを。

龍は優しいから、いつも僕と紫友を平等に扱おうとする。どちらかだけを贔屓しないよう、必死だ。


だけど、僕は知っている。

僕の方が好きなことを。

いつも、喧嘩した時は紫友よりも先に僕の方に来てくれるし、配信中も僕の方を見ていることが多い。

だけど、それは紫友にはバレてはいけない。

僕らだけの秘密なわけ。

これこそ友情と愛情の間ってやつ。わかるでしょ?


次の日の朝、紫友は満足気にプリンを食べていた。


「お兄ちゃんも食べる?」


と、ご機嫌な様子で昨日の喧嘩などなかったもののようだ。


なんだこのプリン?

あぁ、そうかと僕は納得する。

紫友が怒ってたから、買ってきてあげたのか。

龍は優しいなぁ。

僕は、龍の優しさを噛み締めながら、プリンを食べる。


そういえば、本当に僕はプリン食べてなかったけど、誰が食べてたんだろうか?

まぁ、どうせ紫友が忘れてたんだろ。

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