第35回配信 Vtuberといえば歌枠もあるけど

その絶望な時は突然やってきた。

ある日、急に紫友から緊急会議の連絡が入った。

僕からすることはあるけれど、紫友からそんな提案があるのは珍しい。

もしかして、この間のコラボを終えて、嫌なことでもあったのか?

まさか、久しぶりに他の人と関わったことで、昔のことを思い出してもうVtuber辞めたいとか?


僕は、嫌なことばかりが頭を回り、不安で胸がいっぱいになる。

僕は足早に大学を出ると、マンションへと向かった。


「ただいま!緊急会議って何?」


僕が、息絶え絶えに入ったマンションには、対照的な2人がいた。

1人は、青ざめた顔をし、もう1人は意気揚々とした顔をしている。

え?どういう状況なの?全く理解できないんだけど。


すると、僕が部屋に入ってきたのをみて紫友がいう。


「さぁ、今から緊急会議始めるよ!」


そんな楽しそうに言われても…。

そして、紫友主催の緊急会議が始まった。


「私、歌枠やってみたい!歌好きだし、みんな聴きたいって言ってくれてるよ」


あ、なるほど。

僕は一瞬で悟った。

蒼の顔が青ざめている理由を。


歌が下手な人は自分で気づくタイプと気づかないタイプがいる。

別に歌が下手なのは、仕方のないことだし、人には得意不得意がある。だから、別に気にする必要はないのだ。

だが、紫友は完全に後者であり、むしろ自分の歌は上手いと信じて疑わないのだ。


そもそも、カラオケに遊びに行こうとなりがちな高校時代に引きこもっていた2人。

そうそう、自分達の歌のうまさを知る機会などあるわけがない。

せいぜいが、中学校の音楽の授業である合唱ぐらいだろうが、合唱って下手さが出にくい部分もある。自分の声が聞こえにくいからね。


まぁ、そんなことは置いておいて、紫友の歌声を聴かせるわけにはいかない。

聴かせることで2人のファンは確実に減ってしまう。


僕と蒼は目線を合わせるだけで、どうするべきかわかる。

阻止するしかない、2人の人気を守るためにも。そして、リスナーの耳を守るためにも。


「あのさ、そんな需要ってあるかな?僕たちの売りはやっぱりゲームじゃない?」


いいぞ、いいぞ!

ただ否定するといじけるし、後が大変だからね。

なんとかやめさせるためには、その対象をリスナーに向けるって言うのは大事だ。

そうすれば、納得しやすい。


「いや、お兄ちゃん実はそんなことないの。私も、調査不足だったんだけど」


そう言い、紫友が出してきたのは、あるつぶやきをまとめたコピー。

その用紙を見てみると、


『そういえば、ミラーツインズって歌枠ない』

『ガミちゃん絶対可愛い歌声でしょ、聞きたい』

『カガのイケボでこの歌歌ってほしい』


と言ったつぶやきが。

なにこれ、本当?

僕らはその紙を覗き込む。


はぁ、いつものヤンデレ用だけにしといてよ、つぶやきを見るのは。

こんなふうに対策としてつぶやきを利用するなんて、紫友らしくない。

そんな賢い紫友、見たくないよ。

そんなことを思っていると、紫友はさらに主張を強めてくる。


「需要には応えないとね。だって、いつも応援してくれてる人たちだもん。そうすれば、もっと私たちのこと好きになってくれるよ?」


いや、むしろ嫌われる可能性がある。

もしも、歌が上手いんだったら、僕だって早々に2人に提案するに決まってるでしょ?

それをしていないってことは、どういうことかと言うことを考察してほしいもんだ。

ここで、僕も言う。


「確かに歌枠は需要があるかもしれないね」


という僕の肯定に、紫友は満足そうに頷く。

だが、


「でも、歌ってさただ歌うだけじゃなくてさ、許可とかそういうのいるよ?多分。それ紫友やってくれるの?」


と僕は手間がかかるよ作戦で攻める。

さぁ、どうだ。

すると、紫友は


「大丈夫!レミーに今聞いてるんだ。レミーなら優しく教えてくれるよー」


と笑顔で返す。

なんと!紫友が自然と交友関係を継続し、協力を仰ぐなんて。

僕は、感動で涙がこぼれそうになる。

だが、今回においては、なんともまぁいらないことだ。


すると、蒼が、


「僕、あんまり歌上手くないから歌いたくないかもなぁ」


と言った。

すごい!蒼ナイス!

僕は蒼のナイスパスに感動する。

どうだ、これこそ相手が可哀想だからやめとこう、みたいな。友達が嫌いだと、自分もやりにくいみたいな精神働くよね。

さぁ、これでどうだ。そう思っていると、


「え?じゃあお兄ちゃん歌わないでいいよ。私だけでやるから」


と言う彼女の発言にて、僕らの攻防は撃沈したのだった。

それこそ、地獄なんですよ。紫友さん。

紫友は、僕らを説得できたと思い、ウキウキな様子。しょうがない、ここまできたら利用するしかないか。

そして、僕は最終手段として、ある人物に連絡をとった。


そして数日後、紫友は僕たちにこう言った。


「ねぇ、やっぱり歌枠はまた今度にする」


ってね。

作戦通りだ。僕は蒼とアイコンタクトし、僕たちの勝利を分かち合った。


さて、どんな手段でわがまま娘の紫友を納得させたかって?

そりゃ、もちろんレミーに協力してもらったに決まってるでしょ。

作戦は簡単。

レミーに忙しいからまた今度一緒にやろう、と言ってもらうだけ。

紫友の作戦はレミーありき。

ならば、レミーに止めて貰えばいいのさ。だが、ただ否定するのはそもそもレミーができない。

レミーにヤンデレを拒否することなどできるわけがないのだ。


ならば、約束として未来へ放ってもらったらいいのだ。名付けて、「またしようってあんまり実現しないよね作戦」。


これ以降、あまり歌枠がしたいとは言わなくなった。はぁ、子供って夢中な時はうるさいけど、忘れてしまえば静かなもの。

紫友もそんな感じだから。


はぁ、なんとか阻止できたか。

阻止のために犠牲になったものが多すぎるが。

僕の体力と、蒼の精神力とかね。

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