L1たった 話9第

キビトは自らを『送魂屋』と名乗った。穢《けが》れた魂を地獄に送るのだ、と。


「送魂……だと。殺すのか、俺達を!?」


「日本でそんなこと認められる訳ないでしょ!」


男女はそれでも自らを正義のように語った。彼らに正当性など微塵も無いというのに。


「許可ならされとる。俺ら送魂屋は日本で唯一、合法的に殺しが認められた職業なんやから」


「そんな……」





キビトはそこまで言って立ち上がると、男女に近づいて耳元でそっと呟いた。


「ところで、人ってどんくらい血が無《の》うなったら死ぬと思う?」


どこまでも冷淡で、感情の無い声。そこから発される予想外の言葉に、男女は困惑した。


「人に流れとる血液は大体体重の7~8%。お前らの見た目からなら、それぞれ5Lと3.5Lとかやろうな」


「何が、言いたいんだよ……」


「そう言えばこの部屋、がひどいって思わん?」


男女はそう言われて意識を取り戻した時のことを思い出す。




** 暗い部屋に、ポタポタと液体が垂れる音だけが響いている。**




「まさか……」


「やっと気付いたん?この部屋にお前らが入れられてから、ずっと血液を抜いとんねん。メスでスーッと切込みを入れたとこから、水漏れみたいにポタポタ、な」


「ツバサくん、私さっきからずっと寒いんだけど……」


女の方は歯をガチガチと鳴らして、男の方に助けを求める。


「ミユキ、大丈夫か!?」


男は女を気遣うような態度を見せるが、その様子も少しぐったりとしているようにも見える。


「そら当然や。お前らをここに運んでからすぐに始めて、今が大体一時間くらい経った頃や。出て行った血の量は約1L、その1Lが、お前らの生命線なんやから」


部屋に響く液体が滴《したた》る音、送魂屋を名乗る不気味な男の声、そして突如告げられる命のタイムリミット。



部屋には異様な雰囲気だけが残され、男女はただ恐怖に震えていた。




「おい、ミユキだけでも助けてやってくれないか。俺の事はどうなってもいい!」


男は必死にキビトにそう懇願した。キビトは男に対して湧いた怒りを押し殺して呟いた。


「なんでその優しさを、あの子に向けてやれんかったんや。誰もおらん部屋で、食べる幸せも奪われて、それでも自分は助かろうって、そら無理やろ」


キビトは部屋の扉を開け、男女に背を向けた。


「だから最期に、あの子の気持ちでも味わいや。誰にも助けて貰えずに死を迎える最期が、俺からのプレゼントや」


扉が閉まる音だけが、残酷に部屋に響いた。




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