者る送を魂 話8第

「ようこそ、ここが地獄や」


視界を封じられた状態で聞くその声は、男女にどんな生物のものよりも純粋な恐怖を与えた。この状況において、あっけらかんとした軽い声はそれ程までに異質なものだった。


「な、何の話をしてるんだよ!」


「……ん」


男の悲鳴にも近い声を聞いて女は目を覚ます。それからの反応は、男と大差ないものであった。


「きゃあっ!何、どうなってるのよ、これ!」


「ごちゃごちゃうるさいわ、黙れや」


キビトの静かな怒りが通じたのか、パニック状態に陥っていた男女は急に大人しくなった。



「こんな事して、ただで済むと思ってるのか!」


男の声が室内に響き渡る。正論にも近いその発言を揉み消すように、キビトはゆっくりと男に近づき、その首を容赦なく絞めた。


「か……かはっ」


威勢のいい声を上げた男だったが、すぐに自分の置かれている状況を再確認したようだった。目もまともに見えない状態で抵抗するのは、無意味だと。


「こんな事ってなんやねん。自分達の事は棚に上げてんか?」


キビトは徐々に、ギリギリと手の力を強めていく。それに比例するようにして、男は自由に動かせない足をバタバタと動かしていた。


「ツバサ君、大丈夫!?」


女は必死に声を上げるが、その声はキビトには届かない。いや、勿論聞こえてはいるが、生憎彼は無視を決め込んでいる。






十数秒。首を絞め続けられた男は完全に意気消沈し、ぐったりとしていた。


「もう一回だけ聞いたげるわ。こんな事をされてる心当たりはあるか?」


キビトは男女の間に入り、肩を掴んだ状態で半ば脅しのようにそう言った。


「そんなもの無いわ!何よ、こんな事して!」


「へぇ、そうなんや」


キビトはそう冷たく言い放つと、コツコツと靴の音を響かせながら、少し離れた椅子に座りこんだ。




「原田蒼《はらだあおい》、享年5歳。死因は餓死。お前らが奪った、尊い魂の名前や」


その言葉に、男女はひどく反応した。隠し事がバレたかのような反応に、キビトは心の中でをつける。


「なんでその名前を知ってるのよ……!」


「なんでもクソもあらへん、俺がこの前弔った魂やからな」


「弔ったって、あんた坊さんか何かか!」


「ちゃうわ。俺は『葬魂屋』や。浮かばれん魂を見送る仕事してんねん。聞いたことくらいあるやろ」


「葬魂屋……それがなんだって言うんだ、だったら尚更何でこんな事してるんだよ!」


男の言葉に、キビトは冷静に返した。自分の、の仕事を遂行するために。


「『葬魂屋』はあくまで表の姿や。浮かばれん魂には何らかの理由がある。その理由を作った奴を、魂の代わりに地獄に送る。俺の仕事は『送魂屋』でもあるんや」


キビトはそう、男女に伝えた。

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