②タクヤの場合
第1話 洗濯物を畳むのは一苦労
「キビトさん」
「どうしたん、千夏ちゃん」
「逃がさないですよ」
私の顔を見て即座に逃げる体勢を取ったキビトさんを逃がす訳にはいかない。
「心当たり、ありますよね。その感じだと」
「いやー、何のことやら」
「……」
「あったな、そんなルール」
「今回までは許しますけど、次にやったら給料から罰金として引いとくので」
「え、そんなん会計の職権乱用やん!」
「黙って洗濯物畳んでください」
うちでは私が洗濯物を洗い、キビトさんがそれを畳むのがルールである。だが度々この人は洗濯物を放置して昼寝をしている時がある。その度に注意しているのだが一向に治る気配が無いので、実力行使することにしたまでである。
「それと、今日アラヤさんが来るらしいです。また何かやらかしたんですか?」
「んなっ!ヤバい、報告書出すの忘れてたわ……」
キビトさんはそう言って爆速で洗濯物を畳み終わると、奥の部屋へと姿を消した。
◇
「失礼します」
「あ、アラヤさん!」
「千夏さん、ご無沙汰しています。キビトさんはいらっしゃいますか?」
スーツを着こなした黒髪で長身の男性、加茂阿頼耶《かもあらや》さんは、葬魂所の扉を開けて中へと入ってきた。
葬魂屋は総務省の管轄に置かれる特殊な職業であり、その認可には国家資格が必要となる。アラヤさんはその中でも、キビトさんの上司にあたる人だ。
「今奥の部屋で作業してます。今月の分の報告書、まだ作ってなかったみたいなので」
「また、ですか……。今回は別の要件なのですが、一応注意しておきますね」
そう言うとアラヤさんは受付から中に上がり、キビトさんの元へと向かっていった。これは長くなりそうだ。
葬魂屋は特別な職業である代わりに、月に一度総務省に対して報告書の提出が義務付けられている。
葬魂屋を訪れる人の中には、孤独死や突然死、警察や身内が把握していない方も居るため、それを正確に把握するために必要なことなのだ。
キビトさんの他にも葬魂屋の職業に就いている人は居るが、私はあまり会ったことが無い。キビトさんは交友関係について話したがらないし、私も特に詮索する気が無いからだ。
◇
「また来ます。来月は確実にお願いしますね。それと、『魂魄誘導システム』の件は私から上層部に具申しておきます」
「よろしく〜」
アラヤさんは2時間程滞在し、キビトさんの報告書の作成の見守りと、葬魂所のシステム改善に対する意見を聞き入れて帰って行った。
「ほんま疲れたわ。千夏ちゃんも仕事手伝えたらええのにな」
「お願いされても嫌ですね。ただでさえ雑用ばかりやってるので」
「まあまあそんなこと言わんと。お、今日の御飯は鯖味噌かぁ」
「この前仕事でお世話になった魚屋の谷川さんから差し入れてもらったんですよ。暫くは魚料理になりそうです」
私だって、なれるものならなりたい。その言葉を、そっと胸にしまった。
葬魂屋キビトの葬談所 @zeiro
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