(仮)事仕の屋魂葬 話6第

どの魂と別れてからも、葬魂所に来る人が居なくなる訳ではない。一日に何人もの魂が訪れる日もあれば、誰も来ない日もある。


アオイちゃんの魂と別れてからの私は、自分でも分かるくらいに気が抜けていた。


「どうしたん千夏ちゃん。蝉の抜け殻みたいになってんで」


「あぁ、はい」


「……否定も肯定もしてくれんのかい」


キビトさんからのいつものような掛け合いさえ、返す気力が残っていなかった。それほどまでに小さい子の魂が逝く瞬間は、何度経験しても辛いのだ。


「そんな落ち込んでてもしゃあないで。アオイちゃんは最後の瞬間笑っとった。その事実があれば僕達の仕事はやりきったも同然や」


キビトさんは、お茶を片手に新聞を開いていた。普段取らない行動。キビトさんも少しは寄り添ってくれてるのかもしれない。


「まあただ、今回の件はこれでおしまいっちゅう訳にもいかんのが事実やけどな」


「え……?」


キビトさんの放った意外な一言に、私は思わず反応してしまった。


「僕は、故意じゃない死には首は突っ込まん。それこそ病気とか、不慮の事故とかな。ただ、アオイちゃんのはそうやない。あれは親の他殺や」


「そうかもしれないですけど……」


「落ち込んでるアオイちゃんに、初めての情報教えたるわ。葬魂屋の仕事は、魂を送るだけや無いって事をな」


キビトさんは不意に椅子から立って、外行きの黒い中折れ帽を被る。


「どういう意味ですか?」


「聞きたいなら止めん。でも、これを知ったら千夏ちゃんはもう、傍観者じゃ居られんで」


「……」


キビトさんの目は、笑っていなかった。普段は気の抜けたような目で、腐った人間の生活をしている彼だが、今だけは明らかに違うのが分かる。


「聞きます。いや、聞かせてください」


私は、越えるべきでない一線を越えたのかもしれない。でも、それでも良いと思う程に、何か重大な秘密があるような気がしたのだ。




「葬魂屋の、始まりって知ってるか?」


「始まりって……ルーツみたいなことですか」


「大体そんなもん」


「知らないです。というかキビトさんに半ば無理矢理連れてこられたので、知らない事の方が多いですよ」


「せやろな。葬魂屋を始めたのは、昔の殺し屋の一人やってん。依頼さえ受ければどんな人間でも殺す、そんな非道なある殺し屋は多くの人間の魂にすぐ近くで触れてきたんや、ずっとな。それである日、魂が見えるようになった。正確に言うと、この世に未練を残した魂や」


「それって……」


「そこでようやく、殺し屋は気が付いたんや。自分が犯してきた罪の重さと、魂達の浮かばれん未練にな。それ以来殺し屋はその仕事から足を洗って、魂の声に耳を傾ける人間へと変わったんや。それが、葬魂屋の始まり」


そこまで聞いて、私は気が付く。何故その話を、キビトさんが私に対してしたのかに。


「キビトさんが、その『殺し屋』だったんですか……?」


「さぁ、それはどうやろなぁ」


「はぐらかさないでください!そこまで言っておいて、教えてくれないんですか!」


「それは、君が判断することや。千夏ちゃん」


その時に見たキビトさんの目に、私は不意にドキッとした。恋愛感情のようなトキメキではない。心臓を指でなぞられているようなおぞましさだった。




「さて、昔話はこんな所にしといて。行こか、もう一つの『葬魂屋』の仕事をしにな」


キビトさんは、一体何者なんだろう。今まで当然のように見逃していた事実が、私の中を支配したのは、言うまでもなかった。

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