第3話 少女の記憶
「ほいほい、お待たせ」
「遅いですよキビトさん。服着るだけでしたよね?」
「やだなぁ、千夏ちゃん。男の子にも準備の時間はかかるんやで?」
「本当に気持ち悪いので金輪際やめてください」
「うん、いつも通りやね。それで、そっちの子が依頼主かな?」
とっくにやり飽きたキビトさんとの会話、その流れで、キビトさんはうちを訪れていた女の子に目をやった。
「まあ、いつものパターンですね。本人は自覚無くここまで来てるみたいなので」
「やっぱりそうやんなぁ。お偉いさんにシステムの調整でも頼まんとあかんな」
キビトさんはそう言って、受付と玄関を繋ぐ仕切りを開けて、もじもじしている女の子の元へと歩いていった。
「おでこ、くっつけるな」
キビトさんは女の子と目線を合わせるような体勢を取ると自分の額を指差してそう言った。
「おでこ?」
女の子の当然の反応。まあ、いきなりそんな事言われたらそうなるよな。
「せや。お兄ちゃんの事、信じてくれるか?」
「うん!」
「ええ子や」
キビトさんはそう言って前髪をかきあげる。私は既に、そこに何があるかを知っている。
キビトさんはそのエムブレムを、女の子の額に押し当てる。その瞬間に受付には光が溢れ、その眩しさに女の子は思わず目をつぶってしまう。
「さあ、行こか」
キビトさんがそう言って笑うと、二人の意識は同期した。
◇ ◇ ◇
あまりにも暗い部屋。だが、完全には締め切られていないカーテンの隙間から光が覗いているのを見ると、まだ明るい時間なのだろうか。
(こんなとこで最期か。報われんなぁ)
最期を投影する、「死者の記憶」。それをつぶさに知ることが出来るのは便利だが、いたたまれない感情になるのもまた事実である。
(死因は何や?この環境やと多分、ネグレクト……大方、暴力か餓死っちゅうところか)
悪い方の予想は当たってしまい、部屋の中央でうずくまる小さな体は、何かを探すような体勢で倒れ込んでいた。その顔からは生気が失せ、皮膚は骨の形を浮き彫りにしていた。
(この環境作った奴は天国行けへんな)
そう思うことしか出来ない自分に、余計に腹が立つのは気の所為では無いだろう。救えなかった、という事実はどこまでも心に残るものなのだから。
意識が、回帰する。光の筋を辿るようにして、元の世界へと戻っていく。
◇ ◇ ◇
「早かったですね」
「あぁ、この子は餓死やな。親が十分に面倒みてくれんかったか……細かい理由は、結局分からんかったけどな」
キビトさんは悲しそうにそう言った。人の死と向き合う仕事を続けるのに必要なのは、「折れない心」なのだと、彼が昔語っていたのを思い出した。
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